アメリカ軍の奇襲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/11 08:31 UTC 版)
「マーシャル諸島沖航空戦」の記事における「アメリカ軍の奇襲」の解説
攻撃命令を受領した12月1日、第50任務部隊は洋上給油を行った後西進し、途中でクェゼリン環礁の方角に進路を変え、12月5日未明にはロンゲラップ環礁の東南東洋上、ルオットの北北東116海里の地点に到達して合計386機に及ぶ攻撃隊を発進させ、東方に針路を変えてその帰還を待った。クェゼリン環礁の外には潜水艦「シール」 (USS Seal, SS-183) が待機して、脱出艦船があれば攻撃することになっていた。 当時、クェゼリン環礁にはミリ環礁への輸送任務を終えたばかりの軽巡洋艦「長良」と給糧艦「杵埼」や特設艦船が、ルオットには「五十鈴」が在泊していた。4時55分、ルオットの警戒レーダーが攻撃隊の接近を探知。既述のように日本軍にとって予想外の事態であり、レーダーの探知により比較的早く迎撃態勢に移ることができたものの、通信上の不手際により迎撃のタイミングがわずかに遅れた。それでも日本軍はルオット基地の第二八一航空隊の戦闘機27機と、第三艦隊が地上派遣していた戦闘機26機により迎撃した。アメリカ軍側も日本軍の迎撃が素早かったことを記録している。これらはアメリカ軍攻撃隊との空中戦で9機撃墜を報じたが、16機が撃墜され、3機が大破した。さらに離陸が間に合わなかった戦闘機10機が地上で炎上して陸上攻撃機10機も被弾、エビジェの水上偵察機17機も破壊された。攻撃隊の損害は5機のみであった。 攻撃隊は「エセックス」および「レキシントン」の組と「エンタープライズ」および「ヨークタウン」の組に分かれ、前者はルオット、後者はクェゼリンを攻撃し、その他はエビジェに向かった。ルオットでは「五十鈴」が三度の爆撃により右舷後部に直撃弾3発を受け、スクリュー4本のうち3本が折損して使用不能となった。その他、ルオットにおいて特設運送船「建武丸」(拿捕船、6,816トン)が沈没した。クェゼリンに在泊中だった「長良」は、輸送のためルオットに向かいつつあったところを攻撃され、至近弾によって一番魚雷発射管に残っていた魚雷が誘爆して戦死48名、重軽傷者112名を出す被害となった。その他、特設駆潜艇「第七拓南丸」(日本海洋漁業統制、342トン)、特設給炭油船「朝風丸」(山下汽船、6,517トン)など5隻の特設艦船が沈没し、「杵埼」や特設工作艦「山霜丸」(山下汽船、6,776トン)などが損傷した。「長良」と「五十鈴」は「山霜丸」による応急修理を受けた後、トラック諸島に下がっていった。
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