おんべ鯛奉納祭
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/22 06:52 UTC 版)
「神饌#干鯛」も参照 干鯛の奉納数1尺5寸(45cm)1尺2寸(36cm)7寸(21cm)計6月 28匹 50匹 110匹 188匹 10月(本祭) - 50匹 110匹 160匹 12月 - 50匹 110匹 160匹 毎年6月・10月・12月の3回、伊勢湾対岸の伊勢神宮内宮に干鯛(御幣鯛、おんべだい)を奉納する「おんべ鯛奉納祭」が行なわれており、伊勢神宮の三節祭(6月の月次祭、10月の神嘗祭、12月の月次祭)には篠島から奉納された干鯛が神饌として供えられる。1871年(明治4年)に神宮制度が改正されて以降、伊勢以外の各地から献進されている魚介類は篠島の干鯛と鳥羽市国崎町のアワビのみである。このように伊勢神宮と篠島は特別な関係にあることから、かつて伊勢参りは最後に篠島を訪れて完結するとされた。 奉納する干鯛のサイズと数量はあらかじめ決まっており、6月には1尺5寸(約45cm)の鯛を28匹・1尺2寸(約36cm)の鯛を50匹・7寸(約21cm)の鯛を110匹奉納し、10月には1尺2寸の鯛を50匹・7寸の鯛を110匹奉納し、12月には1尺2寸の鯛を50匹・7寸の鯛を110匹奉納する。鯛や塩は篠島で調達するが、包丁、竹のささら、竹籠などは伊勢神宮から下賜されたものを使用する。調製の際には白装束をまとい、伊勢神宮から贈られた包丁を用いる。鯛の身を開いた後、7日から10日間ほど塩漬けにして天日で干す。神宮司庁から篠島漁港に時価で代金が支払われ、調製を行なうのは漁港の職員である。 干鯛奉納の起源は定かではないが、ヤマトヒメノミコトが伊勢湾各地を巡幸した際に篠島に立ち寄り、御贄所(おにえどころ)と定めたことが由来とされる。建久3年(1192年)に編まれた『皇大神宮年中行事』には、篠島から神宮御料の干鯛42匹が献進されたことが記されており、鎌倉時代に干鯛を納めていたのは篠島だけだった。室町時代の延徳年間には奉納が一時中絶したが、すぐに復活。江戸時代末期までは年間約500匹の干鯛を一度に奉納していたが、慶応元年(1865年)からは年3回に分けて奉納している。干鯛を納めた唐櫃をその年の新造船に乗せ、「太一御用」と書かれた旗を揚げて航行するとすべての船が航路を譲ったという。伊勢の河崎港からは露払いをして進み、大名行列さえ下馬したとされる。 かつては神明神社の境内で干鯛の調製を行なっていたが、現在は中手島で調製を行なっている。中手島は1936年(昭和11年)に篠島から伊勢神宮に譲渡されており、現在でも伊勢神宮が所有している。1998年(平成10年)には再びおんべ鯛船で奉納を行なうようになり、「太一御用」の旗と大漁旗を掲げた6隻が伊勢湾を渡り、神社港からは自動車で干鯛を輸送している。2013年(平成25年)は式年遷宮があったため、干鯛奉納は通常の10月ではなく9月に行なわれた。
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