「関東連合」との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/26 09:37 UTC 版)
2007年の出所後より、自身のブログ等で「関東連合」との繋がりを示す書き込みなどを行っていた。これは、中学校の時より関東連合の実質的統率者にあたる、後の「六本木クラブ襲撃事件」の主犯格(2018年5月現在、全国指名手配中)や実質的ナンバー2である松嶋重ほか、後の関東連合を形成するメンバーと親交があったためである。また、関東連合系の暴走族「宮前愚連隊」の柴田大輔(偽名・筆名、工藤明男。『いびつな絆 関東連合の真実』の著者)などの面々とも同様に中学生の頃から交流があった。松嶋重は杉並区立高南中学校の一年先輩にあたり、同人とともに企てた襲撃をきっかけに知り合う形となったのが近隣の、杉並区立東田中中学校に通っていた「実質的統率者」他、後の関東連合の面々だった。松嶋と「実質的統率者」両名との親交関係は「六本木クラブ襲撃事件」(2012年)の時期まで継続していたという。 松嶋らより三学年下の関東連合元リーダーである、石元太一とは過去しばらく抗争状態と言える緊張関係にあった。石元が当事者として関与した歌舞伎俳優・市川海老蔵の暴行被害事件、いわゆる「海老蔵事件」に関してテレビ番組『Mr.サンデー』(フジテレビ)に、瓜田はコメンテーターとして出演したことがあり、石元がそれに対して難癖をつけてきたことがその一連の揉め事の始まりであり、その背景は石元の芸能界進出をプロデュースしようとしていた松嶋による画策だったという。 他にも「六本木クラブ襲撃事件」に関して、2013年、「(自身は)一連の事件とは一切関係ない」と断ったうえで、『SPA!』と『週刊大衆ヴィーナス』の取材を受け、真っ先に実行犯として出頭した2名を名指しで批判し、また、関係人物らの過去の写真を週刊誌メディアに提供してきた者を激しく批判するなどし、自身のブログにも記事を掲載した。しかしこの一連の流れについても「松嶋らに利用されてしまった」ものと記している。 この、「六本木クラブ襲撃事件」は人違いにより起こった事件とされていたが、本来の標的とされる人物とその兄である関東連合と長年の抗争関係にあった兄弟については、地元新宿の幼馴染だった。10代当時の関東連合周辺で、連合への加入を断わったのはこの兄弟の兄と瓜田だけだった。この兄弟の兄は、10代の一時期には関東連合側として抗争に参加するなどしていたが、その後、兄弟ともに関東連合との関わりを絶ち、関東連合との抗争に突入。弟はその後、暴力団に加入していった。 「六本木クラブ襲撃事件」の伏線にあたる事件とされる2008年の「西新宿・関東連合関係者撲殺事件」の頃には、兄弟は被害者(「新宿ジャックス」の初代メンバーで当時の関東連合の世話役でもあった)が所属していた「新宿ジャックス」の後輩という立場であったが、関東連合と敵対していた為、関東連合側からは事件への関与が疑われていたという。同著では、この疑いから「六本木クラブ襲撃事件」が起こったとされている。 瓜田は「西新宿・関東連合関係者撲殺事件」で殺害された人物とも10代の頃から交流があり、事件の2週間後に開催された格闘技大会「THE OUTSIDER」の旗揚げに出場した際、自身の着用していたガウンにハングル文字を彫り込み、出場。これは出自が大韓民国だったその人物への自身なりの餞(はなむけ)だったという。
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