におい
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/29 23:00 UTC 版)
嗅覚の感覚内容
主観的な分類
匂い・香り
においの中でも、特に好ましいものを「かおり」「香り」「香気(こうき)」「芳香(ほうこう)」と呼び分けることがある。
良い香りを身体・衣服・住居などに漂わせる文化は洋の東西を問わず古来あり、人々は花やハーブを採集したり、香水や香を発達させてきた歴史がある。たとえば、西洋では古代ローマで西暦1世紀頃に書かれたペダニウス・ディオスコリデスの書De Materia Medica(『薬物学』)には、「ラベンダーを蒸留して作るラベンダー油は他のいかなる香料もしのぐ香りだ」と記述され、着衣や髪につけて用いたり入浴剤などにも使われていたようである。それは現代でもフランスなど地中海沿岸の国々の家庭で盛んに用いられているし、東洋では香を探究してゆくうちに香道も行われるようになった。現在でも様々な芳香剤が開発・販売されている。
飲食においても匂い・香りは重要な要素である。人は口に入れたもの(食品・料理)を咀嚼しつつ、その香りも感じ取っている。人間は、香りの良い食材選びや、香辛料の使用、香りが良くなる調理法の選択などにより、匂いや香りの面でも食生活を充実させようと努力してきた。たとえば菓子などでも、同一の基本材料でつくるもので栄養価的にも、テクスチャー(かみごこち)面でも、何ら変わらないと分かっていても、(そして品種を増やすと、生産コストや輸送コストが増えてしまうことが分かっていても)菓子メーカーは、あえて様々な香り(フレイバー)のものをラインナップとして用意することで、人々の多様なフレイバーに対する需要に応えようとすることが(そして結果として総売上を伸ばすことが)広く行われている。人々は、口に入れるものの栄養価(あるいは空腹感を抑える作用)や かみごこち ばかりだけでなく、香り(フレイバー)も大いに楽しんでいるのである[注 2]。
香水や芳香剤、洗濯用の洗剤・柔軟剤のように、企業が良いにおいとして開発・販売する製品であっても、嗅ぐ人によっては香りが強過ぎると感じたり、不快な臭いとして心身に影響が出たりすることもある。これを現代の日本では、公害とかけて香害(こうがい)と呼ぶこともある。
臭い・悪臭
不快なにおい、くさい(臭い)においは、現代では「臭気」と言う。「臭」という漢字をあて「臭い(におい)」とも書く。
臭いの中でも特に強い不快感をもたらすものを悪臭と言い、日本では悪臭防止法により規制対象となっている。また刺激性の化学物質が撒かれたり、物が腐敗したり、焼け焦げたりした時には「異臭」騒ぎと報道されることもある[9]。
法律や条例による規制対象ではなくても、口臭や加齢臭、腋臭症を含めた過度の体臭、洗濯していない衣服、喫煙などによる不快な臭いについて、トラブルの原因になったり、抑えることがエチケットとされたりする。悪意の有無にかかわらず、臭気で周囲を不快にさせることをスメルハラスメントと呼ぶ。
また上記のように、ある人が好ましいと感じて使っている芳香剤などが、別の人には不快感や身体症状を催させる香害問題も起きている[10]。
悪臭や刺激臭は、腐敗や有害物質などの危険性を人間に知らせることも多い。近現代に開発された化学兵器には、無色無臭でありながら致死性が高いものもある。
一方で人間は、文化圏や嗜好が異なる人々が悪臭と感じるにおいを放つ発酵食品などを好んで食べたり[11]、好奇心から悪臭を嗅いでみたりすることもある。後者の例としては、アメリカ合衆国で開催されている「最も臭いスニーカーコンテスト」[12](ロッテン・スニーカー・コンテスト)があるほか、東京の池袋PARCOが2018年1~2月、シュールストレミングのにおいなどを嗅げる「におい展」を開催した[13]。スウェーデン南部のマルメでは2018年に期間限定で「不快な食べ物博物館」が開設され、シュールストレミングのほかドリアンなど臭いが強い食品も展示された[14]。
なお食品などで、においの強さを示す指標としては「アラバスター単位」(AU)が使われる。
においと人の関係
においと感情のつながりの強さ
医学領域における様々な研究成果により、匂いというのは他の感覚とは異なり、大脳辺縁系に直接届いていることが明らかになった。その大脳辺縁系は「情動系」とも呼ばれており、匂いは人間の本能や、特に感情と結びついた記憶と密接な関係があると指摘されている。つまり匂いは、最も感情を刺激する感覚なのだとされているのである[15]。
におい感受性の男女差
女性は、男性よりも脳の嗅覚野が発達しているので、匂いに敏感に反応する。[16]
女性は男性以上に においに関心を寄せるが、その理由の一つに、感覚の男女差がある[17]。女性は男性よりも嗅覚が敏感だと言われている[17]。一つの要因は、女性というのは月経周期内の時期などによって、嗅覚が敏感になる時期があることである[17]。なお排卵期には「成人男性に関係するようなにおい」や「不快なにおい」に対する嗅覚感受性が低下するという[17]。月経期には、反対に、「不快なにおい」に敏感になる女性が多いと言われている[17]。
脳の発達には男女差があり、嗅覚を司るのは「嗅覚野」で、そこは大脳辺縁系と関係が強いとされている。その大脳辺縁系は、記憶を司る海馬や感情を司る扁桃体があり、嗅覚的感知に大きな影響を与えている[17]。脳がそういう構造になっているので、匂いと記憶、また、匂いと感情 は結びつきやすいのである。そして、女性はにおいを嗅いだ時に、同時にそれに関連する記憶まで呼び覚ましやすいのである[17]。
生理的な影響
においは人に生理的な影響を与えることがある。例えば、ジャスミンの匂い(香り)は心拍のパワースペクトルのLF成分を有意に増大させる、との研究もある。これはジャスミンの香りが副交感神経の活動を増大させ(=交感神経を抑制し)、精神性の負荷を減少させることを示唆している[15]。
アロマテラピーは中世にその原型が生まれ、20世紀により具体的に提唱された。主として花や木に由来する芳香成分の香りを活用し、ストレス軽減など心身の健康維持に役立つ、ともされる技術である。
視覚的イメージ(視覚内容)、音(聴覚内容)、味(味覚内容)などに比べると、匂い(嗅覚内容)というのは、論じられたり教育されたりする機会は比較的少ない。また、近年の日本では匂いが無いまたはや少ないことが良しとされる傾向があり、家庭用の消臭剤や消臭グッズ、微香性の化粧品・整髪料などを買う消費者も多い。このような「匂いを避ける」という現象の背後には、《匂いの抑圧》があり、さらにその背後には《本能の抑圧》や《性の抑圧》が潜んでいる、と鈴木隆は述べた[18][19]
現代では、様々な業種の企業が、においをイメージアップや販売促進に活用しようとしている。こうしたことは10時間以上も香りを長続きさせる最新のにおい噴霧器が開発されたり、「禁煙を手助けする効果がある」「記憶力を高める効果がある」とされる《機能性アロマ》が開発されたりしたことによる。ただし、人工的な香りが氾濫することによって、「日本人がもつ繊細な《香り文化》が失われつつあるのではないか」「自然の、かすかなにおいを教える必要があるのではないか」という専門家の指摘もあるという[20]。
注釈
出典
- ^ a b デジタル大辞泉
- ^ 『広辞苑 第5版、p.2018。※『広辞苑』第5版でも第6版でも、視覚的な匂いの方をまず一番目に挙げており、嗅覚的な匂いの説明はその後に配置している。
- ^ a b 『広辞苑』第5版、p.2018。※『広辞苑』第5版でも第6版でも、視覚的な匂いの方をまず一番目に挙げており、嗅覚的な匂いの説明はその後に配置している。
- ^ 注. 『広辞苑』では嗅覚系の説明は2番目以降である。
- ^ 広辞苑第六版「におい」
- ^ 『広辞苑』第五版 p.2018 「匂い」
- ^ a b c d e f 国本浩喜「暮らしの中の匂いと香り」金沢大学サテライト・プラザ「ミニ講演」講演録集、金沢大学大学教育開放センター、2006年8月、NAID 120000814054、2022年4月4日閲覧。
- ^ デリシャス・オン・ミート!肉によく合うKIKKOMANキッコーマン国際食文化研究センター(2018年2月26日閲覧)
- ^ 一例として、「JR中央線で異臭騒ぎ ヒーターにかばん触れる」産経新聞ニュース(2017年12月5日)2019年7月26日閲覧。
- ^ 体臭気にしすぎ!?相次ぐにおいトラブルNHK『クローズアップ現代』(2017年10月25日放映)2018年2月26日閲覧
- ^ 小泉武夫『くさいはうまい』(文春文庫)には実例が多く紹介されている。
- ^ 米国で「最も臭いスニーカー」コンテスト、12歳少年が優勝ロイター(2017年3月29日)2018年6月19日閲覧
- ^ 池袋PARCO「におい展」(2018年2月26日閲覧)
- ^ 世界中の「不快な食べ物」博物館『日刊工業新聞』2018年10月4日4面掲載の時事通信配信記事。
- ^ a b 青木孝志, 足達義則「ジャスミンの匂いが心拍変動に与える影響(研究発表,第21回生命情報科学シンポジウム)」『国際生命情報科学会誌』第24巻第1号、国際生命情報科学会、2006年、121-125頁、doi:10.18936/islis.24.1_121、ISSN 1341-9226、NAID 110004848824。
- ^ 斎藤勇『面白いほどよくわかる!「女」がわかる心理学』西東社, 2014 p.61
- ^ a b c d e f g 斎藤勇『面白いほどよくわかる!「女」がわかる心理学』西東社, 2014 p.118-119
- ^ 鈴木隆『匂いのエロティシズム』集英社, 2002、ISBN 4087201295。
- ^ 鈴木隆『匂いの身体論:体臭と無臭志向』八坂書房, 1998、4896944151
- ^ NHKクローズアップ現代「広がる“においビジネス”」
- ^ 「香り可視化カメラ開発 豊橋技科大など 特徴をチャート表示」『日刊工業新聞』2018年4月19日(大学・産学連携面)2018年10月8日閲覧。
- ^ 【きょうの授業】「におい」を再現する 香りの「もと」組み合併せ追求『朝日新聞』朝刊2018年7月18日(教育面)2018年10月8日閲覧。
- ^ 【NextTech2030】東京工業大学/VR技術、嗅覚も追求 におい成分、組み合わせ工夫『日経産業新聞』2018年12月19日(先端技術面)。
- ^ a b c d e 矢野きくの『省エネで部屋干し洗濯物を早く乾かす方法』株式会社オールアバウト, 2013。「部屋干しをした洗濯物は、そもそもなぜ臭うのか?」の章。google eブックスで確認可能。
- ^ “室内干しおすすめグッズ人気比較ランキング15選【部屋干しでもストレスフリー】”. タスクルヒカク | 暮らしのおすすめサービス比較サイト. 2019年12月4日閲覧。
- ^ 岡田 謙一「匂いのデジタル制御」 2022年3月28日閲覧
- ^ 磐田市香りの博物館(2018年2月26日閲覧)
- ^ 大分香りの博物館(2018年2月26日閲覧)
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