ごかん‐き〔ゴクワン‐〕【互換機】
互換機
【英】compatible machine
互換機とは、特定のコンピューターのアーキテクチャーをまねて、その機器ために開発されたソフトや周辺機器がそのまま使えるようにと、他メーカーが製作したコンピューターのことである。
代表的な例が、1984年の発売以来欧米の市場を席巻したIBMの PC/AT機である。同社がPC/ATの内部構造を積極的に公開したこともあって、PC/AT機との互換性を持つPC/AT互換機が他メーカーから相次いで発売された。
あるいはMacintoshの互換機としてのMotorolaの「StarMax」や、日本ではNECのPC-9800シリーズ互換機となるセイコーエプソンのEPSON PCシリーズなどもあった。
互換機
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互換機(ごかんき、英語: Plug compatible)は、コンピュータやゲーム機などにおいて、特定の製品に向けて作られたソフトウェアや周辺機器などを、そのまま利用できるように他メーカーが設計したもの。代表例にIBM社のPC/ATに対するPC/AT互換機などがある[1]。なお英語圏での「Plug compatible」は狭義にはコンピューター機器に関する互換機を指し、ゲーム機の互換機を指す言葉は「clone console」とよばれている。
- ^ 互換機 - コトバンク
- ^ 8ビット時代のホビーパソコンには、機械語のソフトウェア設計の都合もあり必要部分の設計図がマニュアルに付属することがあった。
互換機
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タンディは1984年にPCjrの互換機であるTandy 1000の販売を開始した。Tandy 1000ではPCjrの欠点であるIBM PCとの互換性問題が改善されており、またキーボードも一般的なタイプライター型のものに改められている。 上記のようにPCjrは短命に終わったが、互換機であるTandy 1000はヒット商品となり、モデルチェンジを繰り替えしながら(タンディがPC製造から撤退する)1993年まで販売され続けた。
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ハードウェア設計もソフトウェア製品もオープンソースであるため、他の設計者・製造業者も互換機製品をリリースしている。なお、前述の名称問題のため「Arduino」という名前は使っていない。公式のウィキサイトArduino Playgroundには、互換機の情報を掲載する場が設けられている。
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詳細は「スーパーファミコン互換機」を参照 SF1 シャープが発売したスーパーファミコン内蔵テレビ。 プレイステーション(未発売) 「PlayStation (ゲーム機)#開発の経緯」も参照 スーパーファミコンとCD-ROMアダプタの一体型ゲーム機。競合他社への対抗策としてソニーと共同で専用CD-ROMシステム「プレイステーション」の開発が進められていた。 1991年6月にソニーが米国のゲームショーでスーパーファミコンと互換性を持つCD-ROM機を発表して新聞でも報道された翌日、今度は任天堂が記者会見でフィリップス社とCD-i規格を用いたゲーム機共同開発を発表したため、ソニーに冷や水を浴びせるかたちとなった。ソニー側 ソニーにとって任天堂はスーパーファミコン用の部品を卸していた顧客でもあったため、法的手段には訴えず交渉を続けた結果、販売元がソニーから任天堂に移行するなど契約の変更がなされたが、任天堂は当時の2倍速CD-ROMでもゲームの読出し速度が不十分であることや、ライセンス許諾権の取り扱い(ソニー独自にライセンスを発行でき、任天堂の影響外で市場を形成できてしまう)などCD-ROMの権利を巡っての意見の相違などの理由を挙げ、一方のソニーは任天堂側の変心を訴えていた。 1993年発売予定だったがお蔵入りとなる。ソニーの久夛良木健によると、フィリップス社との共同開発機には、CD-iが採用されることになっており、CD-iをフィリップスと共同開発したソニーとしてCD-iにできること・できないことを理解しており、「任天堂さんとは道が離れた。進化の先に見ていたものが違った」と判断し、「だったら我々は我々の方法で、進化を加速させよう!」とソニーの独立したゲーム機、プレイステーションを開発することになった。 2015年7月、実際の所有者が写真および動画を公開し、2016年7月に別の情報が公開された。 任天堂側 1992年(平成4年)8月26日に行われた第4回初心会展にて、当時の任天堂社長の山内溥は1993年8月にはハードの量産ができ、CD-ROMを使用したゲームも開発中だがいいゲームソフトができない限り出荷はしないと述べていたが、その後フィリップス社とのCD-ROM機も世に出ることはなかった。
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「Micro Instrumentation and Telemetry Systems」の記事における「互換機」の解説
「S-100バス」も参照 メインフレームやミニコンピュータの所有者は、サードパーティーのサプライヤーから追加のメモリ、インターフェースボード、周辺機器を購入していたため、Altair 8800コンピュータの所有者も同じようにサードパーティーから購入することが予想された。MITS社からのシステムやアクセサリーの納品が遅れたため、互換機サプライヤーの形成が加速された。最初のものは1975年半ばに登場し始め、1976年7月までには完全な互換コンピュータシステムが容易に入手できるようになっていた。Altair 8800の技術マニュアルには、100ピンのコンピュータバスの回路図が掲載されており、他の人が互換性のあるボードを設計できるようになっていた。当時は適切な技術基準がなく、互換ボード同士で正しく動作しないことも多かった。その後、業界は、Altairのバス規格を元にS-100バス規格を開発した。 カリフォルニア州オークランドのゴッドバウト・エレクトロニクスは、多くのホビイストやカリフォルニア大学バークレー校の学生に部品を供給していた。ジョージ・モローがAltair互換設計を同社社長のビル・ゴッドバウトに持ちかけ、ゴッドバウトが製造と販売に同意した。『バイト』1975年10月号には、「Get your MITtS on a Godbout RAM kit」(「ゴッドバウトのRAMキットで、君のMITtSを手に入れよう」。"MITtS"は原文ママ)という見出しの広告が掲載された。4KバイトのAltair互換ボードは131.07ドルだった。 ゴドブー社は、4K SRAMボードとシリアル/パラレルインターフェイスボードをプロセッサ・テクノロジー社にも販売した。リー・フェルゼンスタインが、白黒テレビにの大文字・小文字を64桁16行表示できるAltair互換のビデオボードを設計した。この160ドルのボードは非常に人気を博し、1976年にはプロセッサ・テクノロジー社からSol-20が発売された。 IMSAI 8080は、Altairの初の「互換機」として1975年12月に発売された。IMSAI 8080は、より大容量の電源、22スロットのマザーボードを備え、フロントパネルの配線を簡潔にすることで、Altair 8800の多くの欠点を修正した。エド・ロバーツは、『コンピュータ・ノーツ』1976年4月号のコラムでIMSAI 8080をレビューし、IMSAI 8080がオリジナルのAltair 8800よりも優れている点があることに同意した。その上で、新しいAltair 8800BがIMSAI 8080より優れていること、IMSAIで修正された問題はAltair 8800Aでも修正していることも指摘した。 Altairは20店ほどのAltair正規販売店でしか購入できなかったが、IMSAI 8080、Solなどの互換機は、新しくオープンした数百店のコンピュータ店で販売されていた。 S-100バスは、IBM PCのISAバスに追い越されるまで、1980年代を通じて使用されていた。シアトル・コンピュータ・プロダクツ(SCP)は、S-100メモリボードのメーカーだった。同社のエンジニア、ティム・パターソンは1979年に2枚のS-100ボード上でIntel 8086を使用したシステムを設計した。当時近くのワシントン州ベルビューに拠点を置いていたマイクロソフト社は、8086バージョンのBASICをテストするためにこの試作機を使用した。デジタル・リサーチ社は、CP/Mの8086バージョンを1979年12月までに提供すると約束していたが、その期日に間に合わなかった。SCPは8086製品を販売するためにDOSを必要としていたので、パターソンは3ヶ月でQDOSを作成した。マイクロソフトは後にSCPからQDOSを5万ドルで購入し、IBM PC向けのPC DOSの基礎として使用することになる。
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「ファミリーコンピュータ」の記事における「互換機」の解説
詳細は「ファミコン互換機」を参照 ライセンス品 いずれもシャープから発売された。ファミコンテレビC1 - ファミリーコンピュータ内蔵のブラウン管テレビ。 ツインファミコン - ファミリーコンピュータとディスクシステムの一体型機。 編集ファミコン - ファミコンタイトラーの別名もある。 非ライセンス品 2003年9月の任天堂のファミリーコンピュータ製造終了後も、膨大な数の中古ファミリーコンピュータ用ソフトが日本中に流通しており、ゲームを遊ぶための本体が必要とされている。 これらの需要に応えるため、および家庭用ゲーム市場が発達していない途上国向けに、2012年現在においてもファミリーコンピュータ(及びNES)のソフトが動作する安価な互換機が多数製造され、国内外で販売されている。 しかし日本国内で市販されているハードにおいてもファミリーコンピュータの人気ソフトを基にして作成したソフトが内蔵されている場合がある。また海外ではファミリーコンピュータの特許が切れる2003年以前から任天堂へライセンス料を払っていない互換機が見られた。この中には数百本のファミリーコンピュータ用ソフトを内蔵したハードも存在する。
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「PlayStation (ゲーム機)」の記事における「互換機」の解説
PlayStationのアーキテクチャは家庭用のみならず、アーケードゲーム機としても活用された。PlayStation互換及びPlayStation上位互換の業務用システム基板は大手ゲームメーカー各社で採用され、業務用ゲームの家庭用への移植に貢献した。 株式会社ナムコSYSTEM11(『鉄拳』、『ソウルエッジ』など) SYSTEM12(『鉄拳3』、『エアガイツ』、『ミスタードリラー』など)※上位互換基板 SYSTEM10(『太鼓の達人』、『ことばのパズル もじぴったん』など)※上位互換の廉価基板 コナミ株式会社SYSTEM573(『ダンスダンスレボリューション』、『ギターフリークス』、『ドラムマニア』など) TWINKLE(『beatmania IIDX』) 株式会社タイトーFX-1システム(『サイキックフォース』、『Gダライアス』、『レイストーム』など) G-NET(『レイクライシス』、『サイヴァリア』など)※上位互換基板 ソニー・コンピュータエンタテインメント(カプコン/テクモへ供給)PSX ZN-1(『ストリートファイターEX』など) PSX ZN-2 ※上位互換基板
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 15:16 UTC 版)
Apple IIは多数の互換機(クローン)も出現したが、大半は知的財産権的に問題があり消滅した。しかし当時もクリーンルーム設計で問題を回避したLaser 128のような機種もあった。同機は日本の秋葉原でも見られた。 Laser 128(香港製) ITT 2020(アメリカ製) Ivel Ultra Model 2(台湾製) Microprofessor III(台湾製) SPS-109(台湾製)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/01 07:02 UTC 版)
「アルカディア (ゲーム機)」の記事における「互換機」の解説
アルカディア互換機は日本だけでもP.I.C.・エクセラ、朝日通商・ダイナビジョン、バンダイ・アルカディアなど複数にわたる。互換機は内部的にはまったく同一のシステムを採用しているが、実際はカートリッジの形状によっていくつかのバリエーションに分けられ、それぞれに互換性は無い。互換機はそのほとんどが香港で製造され、各国のディストリビューターによって独自の名称で販売された。 機体名販売業者国名互換機のバリエーションAdvision Home Arcade Advision Emerson console アルカディア バンダイ Emerson console Arcadia 2001 Emerson Emerson console Cosmos Tele-Computer Emerson console ダイナビジョン 朝日通商 MPT-03 console エクセラ P.I.C. MPT-03 console Hanimex MPT-03 Hanimex MPT-03 console HMG-2650 Hanimex Emerson console Home Arcade Centre Hanimex Emerson console Intelligent Game MPT-03 Intelligent Game MPT-03 console Intercord XL 2000 System Intercord Emerson console Intervision 2001 Intervision Ormatu console ITMC MPT-03 ITMC MPT-03 console Leisure-Vision Leisure-Dynamics Emerson console Leonardo GiG Electronics Emerson console Ormatu 2001 Ormatu Electronics BV Ormatu console Palladium Video Computer Game Neckermann Palladium console Polybrain Video Computer Game Polybrain Palladium console Poppy MPT-03 Tele Computer Spiel Poppy MPT-03 console Prestige Video Computer Game MPT-03 Prestige MPT-03 console Robdajet MPT-03 MPT-03 console Rowtron 2000 Rowtron MPT-03 console Schmid TVG-2000 Schmid Emerson console Sheen Home Video Centre 2001 Sheen Ormatu console Soundic MPT-03 Soundic MPT-03 console Tele Brain Mr. Altus Palladium console Tele-Fever Tchibo Emerson console Tempest MPT-03 Tempest MPT-03 console Tobby MPT-03 Tobby Tobby MPT-03 console Trakton Computer Video Game Trakton Palladium console Tryom Video Game Center Tryom MPT-03 console Tunix Home Arcade Monaco Leisure Emerson console UVI Compu-Game Orbit Electronics Orbit console Video Master Grandstand Orbit console
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