用水路 環境としての用水路

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用水路

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/27 05:09 UTC 版)

環境としての用水路

自然河川に近い用水路では生物が数多く存在し独特の生態系が築き上げられている。

生物多様性と用水路

日本の近世以前の用水路は、主に農業用水路として使われており、また土を掘って踏み固めただけのものであることが多かった。その形態は自然河川に近いものがあるが、ただし利水のための水路であるが故に頻繁に人手が入り、また渇水や人間の水利用によってその水量にも大きく影響を受ける、特殊な環境であった。

しかし、日本に灌漑農業が導入された弥生時代以降 2000 - 3000年の間に、この特殊な環境に巧みに適応し、農業用水路の環境を生活に組み込む生物が数多く存在する。まず、比較的流れが緩やかで水深が浅く日当たりが良いため、プランクトンコケなどの生育が良く、また土の河床ではミミズなども生息可能である。それらを食糧にするタニシオタマジャクシカエル幼生)、魚類メダカフナヨシノボリなどが住み着く。すると、それを捕食する甲殻類ザリガニ昆虫タガメヤゴトンボの幼生)などの生活を支える。さらに、それらを捕食するコウノトリサギなどが飛来する。人為的に造られた環境が、長い年月をかけて自然と一体化し、里山のそれと同様に、独特の生態系を築き上げてゆくこととなった。

なお、農業用水路における生態系は水田とほぼ一体であり、用水路と田を行き来して生活するものも多い。併せて田#環境としての田も参照のこと。

ところが、明治以降の近代になると、この状況が急激に変化する。土木技術の進展に伴う水路のコンクリート護岸化や、堰による水路の分断、暗渠化による日光の遮断、田畑での農薬利用などにより、稲作共生してきた生物はその生活環境が激変し、生命が脅かされることとなる。さらに近年の都市化による生活排水・工業排水の流入や田畑の宅地化が追い打ちをかけ、その結果、かつてありふれた存在であったメダカやタガメなどが日本人の生活から姿を消し、さらには食物連鎖でその上位にいたコウノトリやタンチョウなども姿を消し始めた。それぞれ現在では絶滅が危惧されるまでになり、トキのように一時は絶滅した種もある。裏返せば、彼等はそれだけ日本人の稲作文化と共生していたのである。

メダカ等の絶滅危惧種指定は、稲作文化が支えた生態系の存在を日本人に認識させることとなり、現在はたとえば兵庫県豊岡市でコウノトリが生活できる稲作環境を保全するといった取り組みにつながってゆく。経済と生活環境の共存は、現代社会における課題の一つとして認識され、各所で取り組まれはじめている。

日本住血吸虫の感染源としての用水路

ミヤイリガイ撲滅の為に甲府盆地の水路はコンクリート化された山梨県中巨摩郡昭和町上河東、2010年 9月14日撮影)

生態系や生物多様性の保全という観点とは別に、日本の用水路のコンクリート化は単なる自然破壊ではなく、明治以前には原因不明の風土病として恐れられた住血吸虫症の原因寄生虫である日本住血吸虫の撲滅のために行われた施策である事を理解する必要もある。

住血吸虫症は、通年で水に浸り続ける素堀の用水路に生息する特定の巻貝を宿主とする吸虫類が、用水路や水田内に入った人間やその他の大型哺乳類に寄生する事で発症する病気である。感染の度に肝臓に障害が蓄積し、最終的には肝硬変肝癌により死に至る。日本を含む東南アジア全域に分布する寄生虫であり、今日でも東南アジアにおいては深刻な風土病として猛威を振るい続けているものである。

根本的な対策は「水田や用水路には素足では入らない事」しか無い(それが高じて「流行地には娘を嫁に出すな。」という地域差別にまで発展したことをうかがわせる話も伝わる)とされていたが、1913年九州大学宮入慶之助が日本住血吸虫の中間宿主である巻貝のミヤイリガイを特定した。それまで素堀で作られていた用水路をコンクリートのU字溝化してミヤイリガイの生息しがたい環境を作る事、特に住血吸虫症の蔓延が深刻な地域では殺貝剤を使用することにより、ミヤイリガイが生息できない環境を造ることが第二次世界大戦前から行なわれ始めた。

日本では第二次世界大戦後に圃場整備が進んだことから、ミヤイリガイも日本住血吸虫病も瞬く間に減少し、1978年以降新規患者の報告はなくなった。1996年2月、かつての最大の感染地帯であった山梨県は日本住血吸虫病流行の終息を宣言。最後の感染地帯であった福岡県筑後川流域でも1990年に安全宣言を、2000年に終息宣言を発表した。

これにより、日本は住血吸虫症を撲滅した唯一の国ともなった。

用水路への転落事故

用水路には人間や自転車自動車の転落事故が起きる危険性がある。『朝日新聞』の調査によると、用水路への転落による死亡者は年間100人を超える。頭を打つなどして立ち上がれず、周囲に救助する他人がいないと、水深10センチメートル程度の用水路でも水死することがある。事故が起きる可能性がある用水路全てに蓋や柵を設けることは、費用面などから困難である[9]

NHKによると、2018年の1年間に全国で2000人以上が用水路に転落して死傷している。用水路は国や市町村が管理しているものや土地改良区が管理しているものが混在しているが、特に土地改良区が管理しているものについては財政的な問題で柵や蓋の設置が困難な状況となっている(土地改良区を構成する農家が費用の40%を負担する必要があるため)[10]

住血吸虫症の撲滅を達成した現在では、用水路のコンクリート化・暗渠化は主として道路用地の確保、とりわけ、学童を始めとする交通弱者の安全確保を目的とした歩道拡幅の要請に依る面が多くなってきている。モータリゼーションの進展により津々浦々の細路にまで自動車が進入してくる状況と、多数の児童が被害者となる重大死亡事故の度に高まり続ける住民側からの通学路の安全確保の要請、歩行者の水路への転落事故などに起因する行政訴訟に管理不行届として行政側が敗訴する事例が多発している昨今では、道路側溝・用水路・小河川の別を問わず、開渠の上部空間の有効利用・安全性確保は行政の水路の管理上既に避けては通れない問題となっており、交通弱者の保護に優先して自然環境の保全を目的とした管理を行うためには、住民や保護者側の用水路の環境機能に対する深い理解も必要不可欠なものとなってきている。


注釈

  1. ^ 工業用水道事業法成立3年前の1955年には、国会で近年も多数議席を持つ自由民主党が結成されていた。

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