潜水艦 乗組員

潜水艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/27 14:24 UTC 版)

乗組員

家族との再会を喜ぶ米原潜「ミシガン」のゴールド班乗組員

潜水艦、特に第二次世界大戦時やそれ以前のものは、居住性が劣悪である。元々、軍艦は兵器や物資、燃料を大量に積み込む必要がある。潜水艦は、さらに浮力となる空間を減じる必要があるため、それらにスペースが取られてしまい、結果まず物資を積み込み、その隙間に乗員が潜り込むと言われるほどに居住性は劣悪である。艦内は湿気だらけで洗濯物も乾かせず、また燃料・排気カビなどの臭気が充満しているので、嗅覚に異常をきたす上、それらの臭いが体に染み付いてしまう。真水は貴重なので入浴は制限される[注 4]

潜水艦には冷房装置が備えられているものの、多くは動力の冷却などに使われるため、室温が25度を下ることはなかった。敵艦に接近する場合は聴音されるのを防ぐため冷房装置を停止させたので、より高温になった。また、潜行中は水圧の関係からトイレも使用できなくなった。このような環境で毎日単調な任務が延々と続くので、潜水艦勤務は非常に過酷であった。娯楽も音を立てないように静かなカードゲームが好まれ、アメリカではクリベッジが定番の娯楽となっている[18]

原子力機関の登場後は、居住環境は以前よりも改善された。前述のように大出力の原子力機関は電力に余裕があり、電気分解海水淡水化を行えるので酸素や真水の確保には困らない。ロシアの大型戦略原潜タイフーン型では、プールサウナまで装備されている。

しかし、一度出航したら数か月間帰還出来ない原潜クルーは、家族との関係を保つことが困難である。

米海軍では乗組員をブルーとゴールドの2班に分け、ローテーションで航海期間を減らしている。一つのグループが70日間の航海を終えて帰港すると、約1ヶ月ほど艦の整備などを行い、その後もうひとつのグループが70日間の航海に出て行く。そして、航海を終えた方のグループがしばしの休暇の後訓練を行う。

しかし、潜水艦の一回の航海につき一組は離婚する乗組員が出るという。また、乗員は、一度潜航すると数ヶ月間浮上しないこともある任務のため極めて厳しい肉体的・精神的条件をクリアしなければならず、潜水艦乗りの間でブリキ病と呼ばれる鬱病神経症にかかる乗員も少なくないとされている。この問題はどの国の事情も同じようである。そもそも潜水艦の作戦行動は機密が要であり、乗組員は防諜のため、その家族にすら作戦の開始日・期間等を教えることができない。

アメリカ海軍や海上自衛隊において、潜水艦乗組員の徽章はシャチをあしらったデザインだが、これを「ドルフィンマーク」と称し、潜水艦乗りの別名となっている[19][20]

食事

キロ型のキッチン

潜水艦の乗組員は過酷な任務に就くため、食事は海軍の中でも最も充実しているといわれており、食料不足に悩んでいた第二次世界大戦末期の大日本帝国やナチス・ドイツでも、潜水艦には優先的に食料が配給された。ただし、狭く環境の悪い潜水艦では新鮮な食べ物は出航後数週間で消費し尽くされ、その後は似たような保存食がずっと出されることとなる。この生鮮食品が切れた後に、限られた保存食と狭い調理室で如何にバリエーション豊かで美味しい食事を提供し続けられるかが烹炊員の腕の見せ所であり、それが可能な腕の良い烹炊員は大切にされた。それでも航海が長くなると重油やカビなどの臭いで、何を食べても「潜水艦の味」しかしなくなったと言われる。食料は倉庫に保管する他、少ないスペースを生かして可能な限り積み込むためにソーセージを天井から吊り下げたり、パンをハンモックで吊ったり、ベンチの中に野菜を詰め込んだりと工夫を凝らす。また、艦内の調理においても酸素を消費するガスコンロの使用は禁止され、全て電気を利用する電磁調理器で調理する。

日本の潜水艦の場合、食事は主食白米乾麺副食に乾燥野菜(切り干し大根など)と缶詰漬物各種の他、比較的保存しやすい生鮮野菜としてタマネギジャガイモなどの根菜類(とはいえ、これらの生鮮野菜は一週間程度で底をつく)などを材料とした各種のメニューが提供された。

ドイツの潜水艦の場合、ほぼ毎食が、「主食はサラミソーセージチーズバター、艦内でまとめて焼かれる黒パン、付け合わせとしてザワークラウト、生鮮野菜としてのタマネギとジャガイモの煮込み、デザートでレモン(ただし日本の潜水艦と同様に、生鮮野菜や果物は一週間程度しか供されない)」であった。これらの食事では、必然的に各種栄養素が不足する。このため、洋の東西を問わず、潜水艦乗員はビタミン剤をはじめとするサプリメントの大量補給が必須であった。

階級と居室

S型潜水艦S-56)の発射管室にあるベッド

真水は貴重であるため航海中の洗濯やシャワーは海水を使用する。 士官が充てられるポストとしては、艦長、副長、先任将校、航海長、機関長、水雷長、通信長などがある。艦長の階級は、第二次世界大戦中の日本では少佐、ドイツでは大尉が普通であった。戦時中のドイツや日本では、海軍の他の部隊と比べて潜水艦は上下関係が緩やかであったといわれる。日本の場合は、艦長ですら自分の下着は自分で洗濯せねばならないほどであった。就寝用の空間も限られたため、士官下士官は通路の脇に設置されたベッドで就寝したが、Uボートなど比較的小型な艦ではベッドは数人で共有していた上に、弾薬庫の中で魚雷と一緒に寝ていた下級の乗組員もいたほどであった。より大型であった大日本帝国海軍の伊号潜水艦では、一応一人一台のベッドは確保されていたが、その代わりに航海期間はUボートより長かった。

旧ソ連・ロシア海軍の原子力潜水艦は、大幅な自動化・省力化により乗員数を削減し、大きな乗員用スペースを確保した例もある。ただし省力化による弊害もあり、原子炉の事故などに対応できないなどの問題も生じた。

海上自衛隊「じんりゅう」においてはシャワーは3日に1回、洗濯はできない。三段ベッドで、見習い研修の隊員乗艦時は魚雷を一部陸揚げして空いた格納棚が臨時ベッドになるとのこと[21]

女性乗組員

艦内の容量が限られ男女別の設備が確保できないなどの理由から、長らく潜水艦の乗組員は男性に限られていた。2010年以降、各国海軍で女性乗組員を認める動きが出ている。一方で、女性乗組員が被害を受けまたは関与するスキャンダルも発生するようになり、2014年にはアメリカ海軍の「ワイオミング」にて盗撮騒ぎが起きた[22] ほか、2017年にはイギリス海軍の「ヴィジラント」の艦長と副長が、女性士官と航行中の艦内で世界初の不適切な行為を行い解任されている[23]

アルゼンチン海軍では、2017年までに女性将校が潜水艦「サンフアン」に乗艦していたが、2017年11月、艦とともに行方不明となっている[24]。死亡が確認されれば、女性初の潜水艦乗りの死者となる。2018年11月に南大西洋の英領フォークランド諸島沖、南緯45度56分59秒、西経59度46分22秒の海底に沈没していたことが確認された(サンフアン沈没事故英語版)。

海上自衛隊(日本)の事例

日本海上自衛隊では、女性自衛官の潜水艦への配置制限が2018年に撤廃され、女性の幹部(士官)、女性の海曹士(下士官)が潜水艦に配置される例が増えている。


注釈

  1. ^ 上記文でも述べられているフォークランド紛争中盤、イギリスの潜水艦に巡洋艦を沈められたアルゼンチン海軍はそれ以上の艦艇の損失を恐れてそれまで外洋に展開させていた海上部隊(空母含む)を本国の港に帰還させ、以降紛争終結まで海上作戦をとることはなかった[4](詳細は「フォークランド紛争#航空・海上優勢を巡る戦闘」を参照)。もっともイギリス海軍はこの一件で制海権をほぼ確保できたとはいえ、アルゼンチン空軍シュペル・エタンダールA-4スカイホークに代表される攻撃機の空襲、唯一外洋に展開するアルゼンチン艦となった潜水艦「サン・ルイス英語版」に悩まされることになる。
  2. ^ かわぐちかいじの漫画『沈黙の艦隊』の英題も「The Silent Service」である。
  3. ^ IDAS (ミサイル)#潜水艦発射の対空ミサイルキロ型潜水艦#概要UボートVII型#バリエーションを参照。
  4. ^ 一般にシャワーはあるものの、浴槽はスペースと水の関係から無いことが多い。

出典

  1. ^ トム・クランシー 1997, p. 246 - 328.
  2. ^ a b トム・クランシー 1997, p. 16
  3. ^ 山内敏秀 2015, p. 4.
  4. ^ アルフレッド・プライス、ジェフリー・エセル『空戦フォークランド ハリアー英国を救う』江畑謙介(訳)、原書房、1984年、73頁。ISBN 4-562-01462-8 
  5. ^ 学習研究社 2001, p. 10.
  6. ^ 坂本明 2013, p. 9.
  7. ^ 山内敏秀 2015, p. 130.
  8. ^ トム・クランシー 1997, p. 30.
  9. ^ a b 世界の艦船 増刊 第105集『潜水艦 100のトリビア』著:海人社 p.16
  10. ^ Lance, Rachel M. (2017年8月23日). “Air blast injuries killed the crew of the submarine H.L. Hunley” (英語). PLOS ONE. pp. e0182244. doi:10.1371/journal.pone.0182244. 2022年6月1日閲覧。
  11. ^ 三訂版, ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典,日本大百科全書(ニッポニカ),百科事典マイペディア,旺文社世界史事典. “ルシタニア号事件とは”. コトバンク. 2022年6月2日閲覧。
  12. ^ 日本放送協会. “豪華客船ルシタニア沈没の真実|BS世界のドキュメンタリー|NHK BS1”. BS世界のドキュメンタリー|NHK BS1. 2022年6月2日閲覧。
  13. ^ 北林雄明「英潜水艦の戦歴」『世界の艦船』454(1992年8月号)より。
  14. ^ 世界の艦船 増刊 第105集『潜水艦 100のトリビア』著:海人社
  15. ^ BGM-109 Tomahawk - Operational Use”. www.globalsecurity.org. 2022年6月5日閲覧。
  16. ^ http://www.dtic.mil/cgi-bin/GetTRDoc?AD=ADA441621&Location=U2&doc=GetTRDoc.pdf NATIONAL WAR COLLEGE 'Do We Still Need Ballistic Missiles?'
  17. ^ 通信途絶「想定せず」 潜水艦事故で山村海上幕僚長:時事ドットコム”. 時事ドットコム. 2021年2月11日閲覧。
  18. ^ “USS Los Angeles Embarks With a Piece of Submarine History”. US Navy. (2007年5月16日). http://www.navy.mil/search/display.asp?story_id=29429 2013年2月10日閲覧。 
  19. ^ 徽章 階級章等アクセサリー 海自のファッション - 海上自衛隊八戸航空基地
  20. ^ 海上自衛隊の潜水艦で初の女性乗組員 広島 呉 - NHK
  21. ^ 教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(2019年1月12日放送)、朝日放送テレビ制作。
  22. ^ 「女性進出」の韓国海軍、今度は潜水艦に=「閉鎖された空間に若い男女、絶対何か起きる」「これは隊員の生命に関わること!」―韓国ネットレコードチャイナ(2017年11月16日)2017年12月9日閲覧
  23. ^ おバカ映画のような不祥事次々… 英潜水艦「セックス&ドラッグ」事件 デイリー新潮(2017年11月16日)2017年12月9日閲覧
  24. ^ アルゼンチン海軍の潜水艦、連絡途絶える 同国初の女性潜水艦将校も乗艦”. AERA.dot (2017年11月18日). 2018年11月17日閲覧。
  25. ^ 世界初 魚雷迎撃魚雷「シースパイダー」あらわる 潜水艦と水上艦の戦い 変わるのか? - 乗りものニュース
  26. ^ a b c d e 世界の艦船 2012.9増刊 第105集『潜水艦 100のトリビア』著者: 海人社 p.90-91
  27. ^ 海上自衛隊の職種”. www.mod.go.jp. 自衛隊. 2022年8月2日閲覧。
  28. ^ Kalinyak, Rachael (2017年4月17日). “Sailors test new submarine steam suits” (英語). Navy Times. 2022年8月2日閲覧。
  29. ^ Damage Control”. americanhistory.si.edu. 国立アメリカ歴史博物館. 2022年8月2日閲覧。
  30. ^ 軍艦の防御 その3 著:山本善之 出版社:日本船舶海洋工学会
  31. ^ 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 Vol.54(2), Jun, 2019 潜水艦からの個人脱出 著:池田 知純
  32. ^ ИДА-59М” (ロシア語). Люди Воды. 2022年5月30日閲覧。
  33. ^ ☠ Статьи о дайвинге”. freecorsair.com. 2022年5月30日閲覧。
  34. ^ Strandgut - Januar” (ドイツ語). Deutsches U-Boot-Museum. 2022年5月31日閲覧。
  35. ^ 中国が世界最大の通常動力潜水艦を建造 多くの新型武器搭載_中国網_日本語”. japanese.china.org.cn. 2022年5月31日閲覧。






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