北投石 北投石の概要

北投石

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/31 03:29 UTC 版)

北投石(北投温泉産出)。国立台湾博物館収蔵
北投石(玉川温泉産出)。秋田大学附属鉱業博物館収蔵

概要

1905年(明治38年)に地質学者岡本要八郎台北州七星郡北投街の瀧乃湯で入浴した帰りに付近の川で発見した。その後、この鉱物がラジウム等を含み放射性を持つ北投温泉独特の鉱物(後に玉川温泉で産出する物も同じ物であると認定された)であるとされた。1913年(大正2年)に東京帝大の鉱物学者神保小虎によって命名され、1933年(昭和8年)に台湾総督府によって天然記念物に指定された。

玉川温泉産出のものは神保小虎によって北投石と同じものであると認定される以前は澁黑石と呼ばれていた[2]。菅沼市蔵は、玉川温泉産の北投石を区別するため、「秋田北投石」、"Akita Hokutolite" と表記している[3][4]

台湾(中華民国)でも、2000年に「自然文化景觀」に指定されている。

北投石の組成は (Ba,Pb)SO4 で、およそBa:Pb=4:1の割合で含まれる。放射性のラジウムを大量に含む温泉沈殿物重晶石(硫酸バリウム)である。

岡本が北投石を発見してから100年目にあたる 2005年に、台北市において北投石発見100年を記念する国際会議が開催され、日本から30人以上が参加した[5]

北投石の成分分析

1908年3月、東京帝国大学理学部(当時は東京帝国大学理科大学と呼ばれた)の垪和為昌神保小虎教授から北投石の成分分析を依頼された。この分析を当時化学科の1年生だった飯盛里安柿内三郎、靑木芳彦の3名の学生に命じた。この際、垪和はこの鉱物にウランを含んでいないか綿密に調査するように指示を与えた[6]。飯盛によると、ラジウムを含む鉱物に通常含まれる親核種のウランが検出されなかった。方法を変えて再三再四試みたが、それでもウランは検出されなかった。これについて垪和は「この鉱物は水成鉱物であるからラジウムだけが偶然ウランから離れて沈積したものであろう」と見解を述べた[7]。斎藤信房はこれは今日から見ても卓見であろう、と述べている[8]。この分析値は日本鉱物誌第二版に掲載された。飯盛はこの分析によって放射化学に興味を持ち、以後放射化学への道に進むことになった[7]

北投石中のラジウム含有量は1929年に吉村恂が測定した。結果は北投温泉産のものは1.73×10-7% 玉川温泉産のものは1.22×10-7% であった[9]。飯盛によると、この鉱物が放射平衡にあるウラン鉱物であると仮定すると北投温泉産のものはウランをUO3として約0.61%[注釈 2]含むはずであり、平衡に達していなければさらに多くのウランを含むはずなので、化学分析で十分に検出可能である。しかるに垪和の予想に反してウランが検出されなかったので、垪和は慎重を期して3人の学生に分析を命じてその平均値を採用し、日本鉱物誌に掲載した[7]。下表は日本鉱物誌第2版 (1916年) に掲載された飯盛らによる北投石(北投温泉産)の分析結果[11]。この分析結果は、のちの研究者たちに高く評価されている[1][12]

成分 組成%
SO3 30.81
PbO 21.96
BaO 32.04
SrO 0.93
CaO 0.51
Al2O3 0.88
Fe2O3 3.93
MgO 1.04
Na2O 0.53
K2O 0
P2O5 0.01
SiO2 1.27
F 存在
H2O 2.53
合計 99.44

玉川温泉の北投石

玉川温泉の北投石」は、1922年(大正11年)に天然記念物に指定され、1952年(昭和27年)には特別天然記念物に指定されている。現在は採取が禁止されているが、「健康によい」さらには「末期癌をも治す効果がある」などとしばしばマスメディア等で取り上げられることから盗掘は後を絶たず、2004年には摘発された事例もある[13]


注釈

  1. ^ 玉川温泉は古くは渋黒温泉と呼ばれていたが、1935年頃現在の名前に改称された[1]
  2. ^ フレデリック・ソディは、グラスゴー大学在任時 (1904 - 1914) に、多数のウラン鉱物についてウラン・ラジウムの比率を実験的に求め、その値が常に 3.4×10-7になることを見出した[10]。この値を北投石(北投温泉産)のラジウム含有量 1.73×10-7%に当てはめると、含まれているはずのウランの量は (1.73×10-7%)÷(3.4×10-7)=0.51% (UO3換算 0.61%) が得られる。

出典

  1. ^ a b 南英一、「玉川温泉の北投石について」『鉱物学雜誌』 1954年 2巻 1号 p.1-24, doi:10.2465/gkk1952.2.1,
    第2卷第1号 正誤表 『鉱物学雜誌』 1955年 2巻 2号 p.107b,doi:10.2465/gkk1952.2.2_107b,
    第2卷第1号,南 英一:玉川温泉の北投石について,著者よりの訂正 『鉱物学雜誌』 1955年 2巻 2号 p.107a,doi:10.2465/gkk1952.2.2_107a
  2. ^ a b 綿秡邦彦、「北投石-その地球化学」『地球化学』 1991年 24巻 2号 p.79-83, doi:10.14934/chikyukagaku.24.79
  3. ^ a b c d e Suganuma, Ichizo (1928). “On the constituents and genesis of a few minerals produced from hot springs and their vicinities in Japan, I. The Akita Hokutolite”. Bulletin of the chemical society of Japan 3 (3): 69 - 73. https://www.journal.csj.jp/doi/pdf/10.1246/bcsj.3.69 2019年4月26日閲覧。. 
  4. ^ a b c d 菅沼市蔵、1925、『硫黄泉秋田鹿湯に産する秋田北投石の成分及び成因』、ラヂウム鑛石研究所
  5. ^ 堀内公子「温泉の化学」『放射化学50年のあゆみ』日本放射化学会 2007年
  6. ^ 飯盛里安「分析化学その他の昔話」『ぶんせき』No.6、1975年、 71頁。
  7. ^ a b c d 飯盛里安「北投石一夕話(ほくとうせきいっせきわ)」我等の鉱物 Vol.10 No.1 pp.37 - 40 1941年
  8. ^ 斎藤信房「日本における放射化学の黎明と進展 (1907 - 1957)」 『放射化学研究50年のあゆみ』日本放射化学会 2007年, NAID 40016915010
  9. ^ Yoshimura, Jun (1929). “The radioactive constituents of Hokutolites and other minerals in Japan”. Bulletin of the Chemical Society of Japan 4 (4): 91 - 96. https://www.journal.csj.jp/doi/pdf/10.1246/bcsj.4.91 2019年4月24日閲覧。. 
  10. ^ 飯盛里安「SODDYの死を悼む」化学の領域 Vol.1,No1 pp.1 - 2 (1957)
  11. ^ 『飯盛里安博士97年の生涯』中津川市鉱物博物館、p.6 2003年
  12. ^ a b 綿秡邦彦、「一つの石の物語(<特集>化学のふるさと)」『化学教育』 1973年 21巻 5号 p.348-353, doi:10.20665/kagakukyouiku.21.5_348
  13. ^ 特別天然記念物盗む/容疑者逮捕/秋田県警・角館署”. Secure Japan. ウェリカジャパン. 2019年1月10日閲覧。
  14. ^ 百島則幸「北投石」『放射化学研究50年のあゆみ』日本放射化学会 2007年
  15. ^ 佐藤傳蔵、南英一「渋黒北投石」『新潟縣外七縣に於ける天然紀念物及名勝』(天然紀念物調査報告;地質鑛物之部 第2輯)内務省 p.41 1927年、doi:10.11501/1899900
  16. ^ 佐々木信行、流郷忍、堀口昇、「縞状北投石中の放射性核種の分布について」『香川大学教育学部研究報告』2012年 第2部 62(2), pp.95-104
  17. ^ 田健治郎伝記編纂会 編 『田健治郎伝』田健治郎伝記編纂会、1932年、516-517頁。全国書誌番号:53009203 NDLJP:1880388/308






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