丹後杜氏 丹後地方の酒造り

丹後杜氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/15 16:05 UTC 版)

丹後地方の酒造り

伝承にみる古代の酒造り

多久神社に奉納された「豊受大神」の絵馬
羽衣天女と豊受大神
丹後地方における酒造りの歴史は、『丹後国風土記逸文』にみえる羽衣伝説にはじまる[66]。8人の天女が丹後国丹波郡比治里の比治山の山頂にある真奈井で沐浴中に、老夫婦が1人分の天女の衣を隠してしまう。衣を無くし、天に戻れなくなった天女はやむを得ず老夫婦の養女となり、そのもとで酒造りに従事する[67][66]
この酒は口噛み酒で、「一杯飲めば吉く万の病除ゆ」と伝えられる[68][66]。天女が造った酒を売って富豪となった老夫婦はやがて天女を家から追放する。天に還る手段も無くし、地上に頼る人もいない天女は困り果てて丹波郡内を放浪し、竹野郡舟木里奈具村(現在の京丹後市弥栄町)で温かく迎えられる[66]。安住の地をみつけた天女は村に留まり、奈具社の豊宇賀能売命となった[68]。豊受大神ともよばれ、五穀豊穣をうみ、美酒を醸む神として、やがて丹後地方全域で広く祀られることとなる女神である[68][69]
その数は竹野郡だけで14社に及び、なかでも峰山町丹波多久神社、荒山の波弥神社、内記の名木神社では、明治期以前には「天酒大明神」と呼ばれ、「天酒さん」と親しまれた[70]
この比治山天女伝説に基づいた豊受大神信仰は、天女が老夫婦に放逐され、奈具に辿り着くまでに放浪した地を中心に竹野川流域に拡がり、竹野川は別名を「天酒川(あまさかがわ)」とも称された[70][69]
豊受大神は平安時代の初期、雄略天皇22年9月に伊勢に迎えられ、伊勢神宮外宮となっている[68]
徐福伝説
伊根町新井崎に伝わる伝承では、の皇帝から不老長寿の妙薬を求められた徐福にまつわる逸話のなかに、クコ酒が登場する[68]。徐福伝説は全国にあるが、新井崎ではクコの木の実、九節の菖蒲、黒茎のヨモギが徐福の探し求めた妙薬であると伝え、とくにクコの実から酒を造った[68]。米の酒よりも古い時代の酒造りが行われていたことを伝えるものと考えられる[68]

このほか、丹後地方の酒は、近世初頭に成立したとみられる『御伽草子』に登場する「酒呑童子伝説」や、南北朝時代に成立した絵巻物『慕帰絵詞[71]』や『浦島明神縁起[注 7]』にも描かれている[72][73]

絵馬にみる近世の酒造り

1669年(寛文9年)の絵馬に描かれた酒造り工程における米洗いの様子。右側に女性が描かれている。

智恩寺(宮津市)に奉納されて残る絵馬に、1669年(寛文9年)の「酒造り絵馬」がある。宮津の25名が商売繁盛を祈願したもので、精米から酒搾りまでの6工程が描かれている。特徴的なのは、米洗いや麹造りの工程で、女性が共に立ち働いている様子が描かれている点にある[74]

長期間の閉鎖空間での労働を要する酒造の場では、女性がいると男の腕が鈍るとして室町時代頃より女人禁制とする慣習がうまれたが、江戸時代初期の丹後地方においてはそうした禁忌がなかったことがうかがわれる[75]

21世紀の丹後地方の酒造会社

京丹後市
  • 熊野酒造久美浜町久美浜)- 前身は1918年(大正7年)創業の「亀屋」[76]。1944年(昭和19年)に、熊野郡(久美浜町)にあった酒蔵の柿本(十楽)、稲葉(仲町)、西垣(仲町)、木下(甲山)、飯室(畑)の5軒が統合して熊野酒造として創業した。代表銘柄は「久美の浦」。
  • 木下酒造(久美浜町甲山)- 1842年(天保13年)創業。南部杜氏系のイギリス人フィリップ・ハーパーが杜氏を務める。代表銘柄は「玉川」。
  • 永雄酒造(丹後町中浜) - 1819年(文政2年)創業。代表銘柄は「旭桜」。2003年(平成15年)休造、2019年(平成31年)企業買収により兵庫県新温泉町へ移転。文太郎に社名変更[77][78]
  • 吉岡酒造場弥栄町溝谷) - 1789年(寛政元年)創業。仕込みの金剛童子山の伏流水の硬水を使用する[76]。代表銘柄は「吉野山」。
  • 竹野酒造(弥栄町溝谷) - 1947年(昭和22年)に、竹野郡にあった酒蔵の岡田()、畑中(中浜)、坂根(竹野)、行待(溝谷)の5軒が統合して創業した。代表銘柄は「弥栄鶴」。
  • 峰山酒造 1943年(昭和18年)に、中郡にあった酒蔵の滝野(河辺)、矢谷(新町)、荻野(新山)、高田(泉)の4軒が統合して峰山町泉に創業し、2013年(平成25年)に廃業した。代表銘柄は「麗峰」であった。その後、2016年(平成28年)に竹野酒造ら5社の酒造会社の代表者個人が出資し、芋焼酎醸造を行う丹後蔵として再生した。代表銘柄は「いもたん」や、伏流水をひく金刀比羅神社の山に鎮座する狛猫にちなみ、猫をモチーフとしたラベルの「いもにゃん」。
  • 白杉酒造大宮町周枳) 1777年(安永6年)創業。代表銘柄は「白木久」。酒米ではなく、飯米を100パーセント使用した酒造りを行う[76]
  • 大同酒造(大宮町奥大野) - 1836年(天保8年)創業。代表銘柄は「若竹」[76]。2018年(平成30年)解散[79]、元社長は丹後蔵の社長に就任。
与謝郡
向井酒造
  • 細井酒造(加悦町加悦奥) - 1881年(明治14年)創業。代表銘柄は「京自慢」[76]。2012~2014年廃業[80]
  • 与謝娘酒造(加悦町与謝) - 1887年(明治20年)創業。代表銘柄は「よさ娘」。大江山の伏流水を仕込みに使用する。新酒開発に積極的に取り組み30種以上の銘柄をそろえる[76]
  • 谷口酒造(加悦町与謝) - 1871年(明治4年)創業。代表銘柄は「芝の井」。2019年度の日本酒品評会「ミラノ酒チャレンジ(イタリア酒ソムリエ協会主催)」にて金賞を受賞[76]
  • 向井酒造伊根町平田) - 1754年(宝暦4年)創業。代表銘柄は「京の春」。女性杜氏の向井久仁子が開発した古代米赤米)を醸造する「伊根満開」は透き通る赤色が慶事に好まれ、2007年(平成19年)には皇室に献上され、元駐日大使のキャロライン・ケネディが「レッド・ワイン」と呼んで買い求めた[81]
宮津市
  • ハクレイ酒造宮津市由良) - 1832年(天保3年)創業。代表銘柄は「白嶺」「酒呑童子」、「香田」の3種。酒蔵見学を行い、テーマパークのようと評される[76]
舞鶴市
  • 池田酒造舞鶴市中山) - 1868年(明治元年)創業。代表銘柄は「池雲」。由良川の伏流水と米、麹のみで酒造りを行う[76]

以上、出典は『丹後杜氏誌[82]

その他 特徴ある関連企業
龍宮浪漫譚
  • 京都丹後ええもんや本舗松栄屋(網野町木津)-代表:橋本幸憲。琴引浜の海底27メートルで熟成させる「龍宮浪漫譚」や、米酒交換制度を復活させた「米人」、丹後酒フェスなど、丹後地方の複数の酒蔵との協働プロジェクトを多数企画する酒販店[83][84][85]
  • 丹後岩木ファーム(丹後町岩木) - 2008年(平成20年)創業の企業。生産するコシヒカリを朝来市の老舗企業が醸造した米焼酎「水魚乃交」は、全国のホテルオークラグループで採用されるなど、高い評価を受ける[86][87]
  • 道の駅丹後王国「食のみやこ」(弥栄町) 1998年(平成10年)に「丹後あじわいの郷」として開園以来、地ビールを製造する。2012年(平成24年)に開発した麦芽を燻製するスモークビールは日本地ビール協会のコンテストで金賞となった[88]
  • 京都与謝野酒造(与謝野町与謝)- 2018年(平成30年)創業。2015年(平成27年)に西日本で初となるホップ栽培を手掛け、未乾燥の「与謝野ホップ」による地ビールの生産販売を行う[89]。これを受けて与謝野町はクラフトビールでの地域振興をめざし、国にビール醸造に関する規制を緩和する特区の申請を行った[90]

注釈

  1. ^ 丹後杜氏の人数については、同時期であっても文献により記録されている人数に差が大きく、京都府立丹後郷土資料館の文献『特別展 丹後の酒』を出典とする本文の数字は、1954年は『昭和一四年酒造年度組合会員名簿』、1954年は『伏見酒造組合誌』、1976年は『昭和五一酒造年度組合員名簿』に基づいている。なお、『丹後杜氏誌』では1954年(昭和29年)の丹後杜氏を125人(うち杜氏5人)としている。また、『丹後町史』では1939年(昭和14年)195人、1974年126人と記載しており、このうちの何名が杜氏であるかは記録していない。
  2. ^ 1933年(昭和8年)、「宇川杜氏成徳会」から満州へ丹後町畑出身の片山藤次郎(杜氏)を派遣。満州国新京に牧野七太郎酒造場が開設した満州酒造店で醸造を行った。また、鞍内出身の丹後杜氏・倉岡利吉が酒造勤務先の堀野商店の依頼により、同じく丹後半島出身の蔵人20人と家族を伴って海を渡り、中国北支豊台造甲村の亜細亜醸造にて日本酒を醸造した。(林保之氏の『宇川郷報』(京丹後市文化財保護課所有資料)の調査による。)
  3. ^ 2014年3月閉校。
  4. ^ 酒造教育の推進は国の指針で、学習の柱のひとつに醸造枠が設置されたことによる。また、丹後杜氏組合長(当時)岩崎熊治郎の依頼もあったが、一部教職員の反対もあり、遅くとも1963年には廃止されていた(丹後杜氏誌原稿のために収集された織戸昭徳氏のメモ、及び、1963年に同中学校に赴任した小林氏(下宇川自治区長)の2021年11月14日の証言による。)。
  5. ^ ルートは、「宇川―黒部―くすみ谷―大江山―福知山-檜山-老ノ坂-京都-伏見)と記録するもの、「宇川-黒部-内記-余部-奥大野-加悦-雲原-福知山-園部-老ノ坂-京都-伏見」と記録するものがあるが、ルート上に大きな差異はない。
  6. ^ 佐々木氏の論文『生活文化研究8 丹後杜氏の実態に就いて』182頁では5日間と記載。
  7. ^ 宇良神社所蔵

脚注

  1. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. i.
  2. ^ a b c d e f “丹後杜氏の歴史研究 林さん、7年の成果展示”. 毎日新聞. (2019年11月18日). https://mainichi.jp/articles/20191118/ddl/k26/040/239000c 2021年11月4日閲覧。 
  3. ^ a b 会社概要”. キンシ正宗. 2021年2月17日閲覧。
  4. ^ a b 片村有宏 (2019年11月18日). “丹後杜氏 熱意の歴史 今に”. 京都新聞 
  5. ^ a b c 片村有宏 (2021年1月21日). “伏見の酒づくり 丹後杜氏の足跡”. 京都新聞社: p. 20 
  6. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 131.
  7. ^ 「農漁村出身の酒造季節労務者」。菅間誠之助(2005)「杜氏」『世界大百科事典改訂版』20巻p.41。平凡社。
  8. ^ a b 佐々木秀子 1959, p. 33.
  9. ^ 『丹後町史』丹後町、1976年、418頁。 
  10. ^ a b c 『丹後町史』丹後町、1976年、416頁。 
  11. ^ a b c d e f g h i j 松田(1997), p. 181.
  12. ^ a b c d e f g h i 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、26頁。 
  13. ^ a b c 丹後半島学術調査報告書 生活構造の変化と福祉ニーズに関する研究-酒造出稼ぎ母村の生活条件と意識(宇川杜氏の場合)-『向井利栄』京都府立大学・京都府立大学女子短期大学部、1983年、26頁。 
  14. ^ a b c d e 佐々木秀子 1959, p. 30.
  15. ^ a b 丹後半島学術調査報告書 生活構造の変化と福祉ニーズに関する研究-酒造出稼ぎ母村の生活条件と意識(宇川杜氏の場合)-『向井利栄』京都府立大学・京都府立大学女子短期大学部、1983年、31頁。 
  16. ^ a b c d e 岩崎熊治郎『酒造り丹後流』 78巻、12号、1983年、916頁。 
  17. ^ a b c d e f g h i 日本地誌研究所『日本地誌 第14巻 京都府・兵庫県』二宮書店、1973年、208頁。 
  18. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 31.
  19. ^ 『丹後の伝説ふるさとのはなし』奥丹後地方史研究会丹後の民話編集委員会、1973年、58-59頁。 
  20. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 32.
  21. ^ a b c d e f g h i j k 松田(1997), p. 182.
  22. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 33.
  23. ^ a b c d e 丹後杜氏誌(1995), p. 34.
  24. ^ a b c d e f 『丹後町史』丹後町、1976年、417頁。 
  25. ^ 岩崎熊治郎『酒造り丹後流』 78巻、12号、1983年、917頁。 
  26. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 81.
  27. ^ “海を渡った丹後杜氏、満州で日本酒造り 邦人激増し需要拡大、酒が唯一の慰安”. 京都新聞. (2021年1月21日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/473738 2021年11月11日閲覧。 
  28. ^ 丹後半島学術調査報告書 生活構造の変化と福祉ニーズに関する研究-酒造出稼ぎ母村の生活条件と意識(宇川杜氏の場合)-『向井利栄』京都府立大学・京都府立大学女子短期大学部、1983年、32頁。 
  29. ^ a b 佐々木秀子 1959, p. 34.
  30. ^ a b c 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、29頁。 
  31. ^ 丹後半島学術調査報告書 生活構造の変化と福祉ニーズに関する研究-酒造出稼ぎ母村の生活条件と意識(宇川杜氏の場合)-『向井利栄』京都府立大学・京都府立大学女子短期大学部、1983年、39頁。 
  32. ^ a b 佐々木秀子 1959, p. 35.
  33. ^ 佐々木秀子 1959, p. 36.
  34. ^ a b 佐々木秀子 1959, p. 28.
  35. ^ a b c d e 『丹後町史』丹後町、1976年、418頁。 
  36. ^ a b c d e 丹後杜氏誌(1995), p. 38-39.
  37. ^ a b 『丹後町史』丹後町、1976年、419頁。 
  38. ^ 日本地誌研究所『日本地誌 第14巻 京都府・兵庫県』二宮書店、1973年、209頁。 
  39. ^ a b c 丹後杜氏誌(1995), p. 41.
  40. ^ a b c 佐々木秀子 1959, p. 27.
  41. ^ 日本地誌研究所『日本地誌 第14巻 京都府・兵庫県』二宮書店、1973年、209-210頁。 
  42. ^ 東世津子『小脇の子安地蔵さん』あまのはしだて出版、1997年、47頁。 
  43. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 112-128.
  44. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 45.
  45. ^ a b 『丹後杜氏誌』丹後町教育委員会、1995年、46頁。 
  46. ^ a b c 丹後杜氏誌(1995), p. 47.
  47. ^ a b 佐々木秀子 1959, p. 29.
  48. ^ a b c 丹後杜氏誌(1995), p. 49.
  49. ^ 松田松男『戦後日本における農家出稼ぎの変貌 : とくに酒造出稼ぎをめぐる地理学的研究』立教大学、1997年、182頁。 
  50. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 53.
  51. ^ “「アユのかす漬け」復活に意欲”. 京都新聞. (2018年9月29日) 
  52. ^ 『かわとひととふるさと うかわ』上宇川地区公民館、19890901、82頁。 
  53. ^ “「アユのかす漬け」復活に意欲”. 京都新聞. (2018年9月29日) 
  54. ^ a b c 丹後杜氏誌(1995), p. 132.
  55. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 128.
  56. ^ 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、18-19頁。 
  57. ^ 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、20頁。 
  58. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 86.
  59. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 112.
  60. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 133.
  61. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 56-58.
  62. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 56.
  63. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 58.
  64. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 59.
  65. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 60.
  66. ^ a b c d 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、5頁。 
  67. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 2.
  68. ^ a b c d e f g 丹後杜氏誌(1995), p. 3.
  69. ^ a b 『特別展 丹後の酒』京都府立丹後郷土資料館、1992年、6頁。 
  70. ^ a b 丹後杜氏誌(1995), p. 4.
  71. ^ 西本願寺所蔵
  72. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 6-8.
  73. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 7.
  74. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 11.
  75. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 10.
  76. ^ a b c d e f g h i 京都北部「酒の京都」”. 一般社団法人 京都府北部地域連携都市圏振興社. 2021年11月4日閲覧。
  77. ^ 但馬杜氏の伝統守りたい 新温泉町に酒蔵開設へ”. 産経新聞社 (2019年2月22日). 2024年3月30日閲覧。
  78. ^ 会社案内 文太郎、2024年3月30日閲覧
  79. ^ 国税局法人番号公表サイト 大同酒造(株)
  80. ^ 『酒蔵名鑑2014~15年版』廃業蔵名簿、250 - 252頁
  81. ^ 増田晶文『うまい日本酒をつくる人たち』草思社、2017年、p.228
  82. ^ 丹後杜氏誌(1995), p. 136.
  83. ^ “亡き友にささぐ海底酒 京都・遺失や盗難乗り越え引き上げ”. 京都新聞. (2018年5月10日) 
  84. ^ “地酒を海底で熟成”. 北近畿経済新聞. (2016年4月23日) 
  85. ^ “「米酒交換」で酒造り”. 全国農業新聞第3113号. (2019年9月6日) 
  86. ^ “味わいすっきり、京都・丹後産の米焼酎 限定品を一般販売へ”. 京都新聞. (2018年10月30日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/5151 2021年11月4日閲覧。 
  87. ^ 丹後岩木ファームについて”. 丹後岩木ファーム. 2021年11月4日閲覧。
  88. ^ “醸す⑤発酵”. 京都新聞. (2014年1月7日) 
  89. ^ “京都・与謝野町、ホップ生産に力 都市部の醸造所増加”. 産経新聞. (2021年10月29日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD263310W1A021C2000000/ 2021年11月4日閲覧。 
  90. ^ “特産ホップでビール醸造 京都・与謝野町が特区申請”. 産経新聞. (2020年1月11日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54290080Q0A110C2LKA000/ 2021年11月4日閲覧。 





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