マグネット・スクール マグネット・スクールの問題点

マグネット・スクール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/09 03:06 UTC 版)

マグネット・スクールの問題点

地域(所得)格差

アメリカ合衆国の教育制度の大きな特徴は、ほとんどの州において州を細かく分けた学区という区域ごとに独立した予算、カリキュラムで公立校を運営していることである。マグネット・スクールも原則として各学区の管轄にある。21世紀初頭の現在も、一般的に財政が潤い教育レベルの高い郊外の学区には裕福で教育熱心な白人や日本、韓国、中国、台湾、インドといったアジア系が集中し、逆に都市部には圧倒的にマイノリティーが多い。つまり所得格差が地域格差を生んでいるのである。

裕福な学区は多種多様の優れたマグネット・プログラムの運営に予算を割くことができ、住民とくに保護者が学校に密にかかわっている。宿題や学習習慣の確立という家庭での援助だけでなく、学校行事への参加、教室ボランティア、PTA活動、ファンド・レイジング(寄付金集め)など盛んに活動しており、プログラムの維持に大きな役割を果たしている。レベルの高いマグネット校に通うため、教育熱心で裕福な家庭が次々と転入して来るにしたがい不動産地価が上がっていく。その固定資産税から学区の財源は益々潤うことになる。

一方、貧困層に属する住民の割合が高い地域は、豊かな地域に比べて学校予算が低い。また保護者の学校参加率も低い。その理由として、保護者が長時間の肉体労働を伴う仕事に就いていて時間的体力的に無理、教育を受けていなかったり英語が上手く話せないことを恥じている、学校について十分な情報を得ていなかったり言葉の壁で理解できない、学校の教職員から歓迎されていないように感じている、あるいは学校側が保護者を最初から教育に無関心だったり子供の勉強を見る能力がないと決め付けているといった点が挙げられる[6]。行政の徹底した介入なしにはマグネット・スクールの運営は難しい環境にある。

学力格差

ルイジアナ州アレクサンドリアにある学術系(算数・理科・テクノロジー・美術・音楽・図書)のマグネット・スクール。入学試験があり、成績や素行が悪いと退学の可能性もある。
メリーランド州ロックビルにある理数系(航空宇宙・衛星・ロボット工学)のマグネットスクール。入学試験はなく、指定地区内に住む入学希望者の中から抽選で選ぶ。

マグネット・スクールは「頭の良い子が行く学校」ではなく、「校区に左右されず広い範囲から入学者を受け入れる学校」であったが、近年は日本のスーパーサイエンス・ハイスクールと同様[7]、エリート養成校になっている、公教育の差別化につながっている、多額の予算を使いすぎる、といった批判を受ける学校も出てきている。

しかし現実問題として、広範囲に住む多種多様の人間を惹きつける実用的なマグネット・プログラムとなると、学力向上が上位に挙がるのは当然である。人種・宗教・所得にかかわらず多くの親が願うのは、子供が良い教育を受けて安定した職に就き、精神的にも物質的にも豊かな生活を送ることである。そのため学術とくに自然科学やテクノロジーなど理数系の特化教育を掲げる学校が多い。人文、芸術系やオルタナティブ教育に比べ、理数系は標準テストの点数で成果が量りやすいのも成果主義社会のアメリカに好まれる理由である。

マグネット・スクールには入学希望者の中から抽選で選ぶ学校もあるが、学力試験、知能検査、面接、実技、書類審査などに合格しないと通えない学校も数多くある。学力試験のみで合否判定すると人種の偏りが生まれる可能性があり、人種統合目的のマグネット・スクールを設立した意味がなくなってしまう。学力と人種の偏りの一例としてカリフォルニア州サンフランシスコにある全米でもトップクラスのローウェル高校が挙げられる。ローウェルの入学試験は難易度が高く、合格者の大多数が中国系アメリカ人であった。1985年度の入学審査で69点満点のうち中国系は65点、他のアジア系や白人は61点、アフリカ系やヒスパニック系はそれ以下の合格点を設置して、学内の人種バランスを保とうとした。中国系アメリカ人はこれをアファーマティブ・アクションに反するとして1994年には裁判にまで発展している[8]

多様性を高めるために、くじ引きで合否を決める学校もある。また入学者の半分を学力考査、残りの半分をくじ引きで選ぶ学校もある。学校全体がマグネットではなく、マグネット・プログラムを持つ一般校の場合は、ネイバーフッド・スクールとして通う地元の子供と、マグネット・プログラムに通う子供が混在する。抽選の場合は学力面での差別はないが、マグネット校の抽選を受けられる指定地域内は不動産が高騰し、結局は比較的裕福な家庭の子供が集まるという所得格差が存在する。

予算配分

児童・学生を惹きつけるような魅力的なカリキュラム、学習環境を提供しようとすれば、マグネット・スクールの予算、資源、人材は一般校より上回ることになる。そのため一般校の犠牲の上にマグネット・スクールが成り立っているのではないかと懸念する者も多い。特に学力審査などの選考基準を設けたり、抽選対象の地区を限定している場合は、学区全体の予算をマグネット・スクールに通う一部の恵まれた生徒につぎ込んでいるという批判が出るのも当然である。

アメリカ合衆国連邦政府のマグネット・スクール援助プログラム (MASP Magnet School Assistance program) は、1校あたり年間平均30万ドル[9]もの補助金を交付している。補助金を受けるには、様々な人種、宗教、社会経済的背景を持つ子供がバランスよく在籍していることが条件であるため、マグネット・スクールは入学する生徒をどのような基準や手段で選ぶかという点について非常に神経を使う。またカリキュラムの内容も財政難で廃止や統合されることもある。

責任の所在

マグネット・スクールは設立、廃止、カリキュラムの内容などすべて学区主導であり、保護者は学区の決断に従うまでである。マグネット・スクールを目的に引っ越して来ても、プログラムが変更や廃止されることもある。バージニア州フェアファックスでは保護者の署名活動などにもかかわらず、日本語イマージョンが縮小され、代わりに中国語FLES(小学校外国語教育)が始まった。これは日本に変わって台頭してきた中国へ関心が移行しているためと、イマージョン方式は人件費も高く一部の児童だけが恩恵を受けているという批判に対処して、短時間であっても全校生徒がまんべんなく外国語に接することのできるFLES方式に切り替えたためである[10]。このように保護者や生徒、また教師はマグネット・スクールの運営に関与することはできない。その一方で、公立校であるマグネット・スクールはお役所的で、他校より格段に大きい予算や国の援助を受けながらも、生徒の学力が向上しなかった場合、公約どおりの学校運営ができない場合など、失敗には何ら責任を取る必要はない。


  1. ^ イマージョンの目標言語は西のほかアラビア語広東語アメリカ・インディアンの言語、アメリカ手話など
  2. ^ マルチ・エイジ (multi-age) とは複数の学年が合同で授業を行う異年齢クラス。いわゆる縦割りクラスである。
  3. ^ イヤー・ラウンド (year-round) 出席日数は一般校と同じだが、一般的な3ヶ月の夏休みの代わりに、年間を通して頻繁に数週間の休暇を取り1年を通して登校する学校。長期休暇中に学習内容を忘れてしまうことを防ぎ、継続的に学習することで学力向上をめざすプログラム。
  4. ^ デュアル・エンロールメント (dual enrollment) 優秀な高校生が地元の大学コミュニティー・カレッジでクラスを履修し、高校の卒業単位を取得できるプログラム。同時に大学の単位を取得し、進学時に換算できる場合もある。
  5. ^ National Center for Education Statistics(英文)全米50州のうち45州の回答があり、そのうち2州はマグネット校がなく、13州はマグネット校であるには条件不十分であるとした。
  6. ^ Northwest Regional Education Laboratory "Parent Involvement in Education"(英文)
  7. ^ スーパーサイエンスハイスクール 2007年1月13日 21:30 UTC版
  8. ^ en:Lowell High School (San Francisco) 2007年1月29日06:01 UTC版
  9. ^ Evaluation of the Magnet School Assistance Program, 1998
  10. ^ 朝日新聞 関西ニュース 『日本語教育 曲がり角』


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