ゲリマンダー 事例

ゲリマンダー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/21 00:01 UTC 版)

事例

アメリカ合衆国

小選挙区制が一般的なアメリカ合衆国では、選挙区の区割りは原則として各州州法が定める手続きによって行われる。州議会選挙の区割りはもとより、連邦下院選挙の区割りも一義的には州によって行われる。そのため、州政界の動向によってゲリマンダー(の疑い)がしばしば発生する。米国では社会階級や民族・人種の違いで居住区が分かれており、その違いが投票傾向に反映される傾向が強い。このため地域と投票傾向に相関性があり、小選挙区制における選挙区割りを操作することにより投票結果を操作することが可能となり、特定の政治勢力を有利にすることができる。

アメリカ議会調査局によると、下院で定員が複数割り当てられている44州のうち33州で区割りは州議会主導で決められており、政治家の利害や意向によるゲリマンダーを防ぐため、独立組織で区割りを決める改革運動も起きている[2]アメリカ合衆国上院は定員が各州2人と定められているため、ゲリマンダーは生じない[2]

例えば、南北戦争後の1870年代、南部再建が終了して連邦軍が撤退した後のアメリカ合衆国南部諸州では、奴隷身分から解放され市民権を得たはずの黒人アフリカ系アメリカ人)が政治権力を持てないよう、ゲリマンダーを始めとする様々な術策が用いられた。1960年代に入ると公民権運動によって連邦議会連邦最高裁判所の介入が強化されて人種的少数派が不利となる区割りが禁止された。以降は逆に人種的少数派を当選させるために、地理的には散在する少数派の多い地域を人工的に一選挙区にまとめることで非白人議員の当選を図るなどの措置がとられた例があるが、1990年代にこれも連邦裁判所によって禁止されている。

このように、複数の特定エリアを一つの選挙区に包含しようとする場合、選挙区割りは異様なものとなりがちで、各選挙区をつなぐ回廊に当たる部分が細く長くなり、ゲリマンダーの一つの典型となる。

州議会与党において自党に有利な選挙区割りをするゲリマンダーについて有権者が訴えていた訴訟(ノースカロライナ州で民主党が、メリーランド州で共和党がそれぞれ不利になっているとされた)で、2019年6月27日に連邦最高裁は「連邦最高裁の手の届かない政治的問題だ」との初判断を下し、ゲリマンダーを制限する司法判断を避けた[5]

選挙区割りは基本的には州議会が担っているが、一部の州では現職や元職がメンバーとならない等の措置をとって政治家の影響力をできるだけ排除した独立委員会が区割りを担っている州もある[2]。ミシガン州のように州議会が選挙区割りを担っていたが2017年から2018年にかけて有権者が運動をして住民投票で州憲法を改正する形で独立委員会による選挙区割りを実現した例もある[2]

アメリカ連邦議会下院選挙でのゲリマンダーの例

選挙区 地図 説明
下院イリノイ州4区 シカゴを取り囲むヒスパニック系住民の多い2つの地域を州間高速道路294号で繋いだ異様な形をしている。2013年より幅は少し広くなる。
下院フロリダ州5区
下院メリーランド州3区
下院ノースカロライナ州4区
下院ノースカロライナ州12区(2003年〜2017年) アフリカ系住民を多数派にさせる区割りであったが、2017年に同州1区と共に、区割りの不公平を訴えた訴訟により解消された。
下院イリノイ州17区(2003年〜2013年)
下院カリフォルニア州38区(2003年〜2013年)
下院カリフォルニア州23区(2003年〜2013年) 民主党が優勢な選挙区で、海沿いで長い。
下院オハイオ州7区、12区、15区(2003年〜2013年) 中央部のフランクリン郡コロンバスは民主党が優勢な都市であるが、3分割されることにより、投票ではいずれも郊外で多数票を確保できた共和党の候補者が当選。2013年にコロンバスの大部分が新しい3区に画定されてから、民主党が当選し続けた。
下院オハイオ州9区 エリー湖岸沿いの細長い選挙区

日本

衆議院では、一つの選挙区から原則3~5人を選出する中選挙区制を長らく採用してきたため、元来の意味でのゲリマンダーはほとんど発生しなかった。その理由は、第一に人口変動が生じても各選挙区の定数を増減させることによって概ね対応でき、区割りを変更する必要性が小さかったこと、第二に各選挙区の規模が大きく、概ね市区町村などの境界に従って設定されていたため、恣意的な区割りを行う余地がもともと少なかったことである。参議院の場合も、選挙区の範囲は都道府県単位の「選挙区」(1980年までは「地方区」[注 1]ならびに全国一円の「全国区」(1983年以降は「比例区」)として固定されていたため、この選挙制度の運用上はゲリマンダーの危険性は存在しなかった。地方議会については、政令指定都市を除く市区町村は原則として単一選挙区とし[注 2]、都道府県では原則として市・郡を基本単位として区分された選挙区で、政令指定都市は行政区を基本単位として区分された複数の選挙区から選出することになっていたため、中選挙区制時代の衆議院と同様に、元来の意味でのゲリマンダーはほとんど発生しなかった。

そのため、これまで衆議院選挙に小選挙区制を導入しようとした際に、小選挙区制度の導入そのもの、ないしはその区割りにおいて、与党に有利な制度を導入しようとしているとして、野党などを中心にゲリマンダーであると批判された。

マスコミなどは、その当時の有力者や内閣総理大臣の名の一部を冠して「トコマンダー」(床次竹二郎新党倶楽部総裁)のほか、「ハトマンダー」(第3次鳩山一郎内閣)、「カクマンダー」(第2次田中角栄内閣)、「カイマンダー」(第2次海部内閣改造内閣)などと揶揄した[6]

日本においても、1996年の総選挙からは衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されている。小選挙区においては、選挙区の区割りが細分化される上に、一票の格差の拡大を防ぐために頻繁に区割り変更が必要となるため、ここにゲリマンダーの余地が生じる。このため、内閣府(2001年以前は総理府)に衆議院議員選挙区画定審議会が設置された。同審議会が法律で決められた小選挙区数に照らし合わせて行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行った選挙区区割り案を内閣に勧告した後で、内閣から提出された選挙区区割り案が国会で審議されることが慣例となっている。

日本では選挙区区割りが恣意的でなくても党利党略的な選挙制度についてゲリマンダーと表現されることがある。2018年には参院選制度改正において、議員総歳費抑制をすべきとする一票の格差問題の原因となっている都道府県別選挙区について抜本的な改革をすべきとする意見がある中で、自民党公明党が「埼玉県選挙区の定数を2増」「非拘束名簿式だった比例区に4県の選挙区を2選挙区とする合区をしたためにと合区対象となったことであぶれた県を地盤に持つ候補者を確実に当選させることを意図して上位候補を特定枠として設定することを可能とした上で定数を4増」とする案が可決・成立した際には、立憲民主党福山哲郎幹事長やメディアから「ゲリマンダー」「ジミ(自民)マンダー」だと非難された[7][8][9]

韓国

慶尚南道昌原市城山区盤松洞が長らく飛び地のように義昌区の域内に入り込んでいた。これは1991年に旧昌原市の人口増加により昌原市選挙区を二分割した際、地元の大物政治家の黄珞周の意向により盤松洞を昌原市乙選挙区に、代わりに龍池洞を昌原市甲選挙区に編入させたというゲリマンダリングに由来すると言われる[10]

また、1995年に忠清北道報恩郡永同郡を1つの選挙区とする区割り(つまり2郡の間にある沃川郡を除く飛地となる区割り)は憲法裁判所により典型的なゲリマンダリングだとされ、「違憲」と宣告された[11]

マレーシア

マレーシアは選挙の競争性の高い54か国のなかで、アメリカに次いでゲリマンダリングの懸念が高い国家とされている[12]1957年の独立以来、民族構成のなかで最大であるマレー人の支持する統一マレー国民組織が率いる与党連合が平均56パーセントの得票率、78パーセントの議席占有率を確保し政権を維持してきたが、その政権維持手段として過大代表とともにゲリマンダリングが重視されている[12]。1974年の憲法改正では一票の格差に関する制約が撤廃され、1984年の改正では区割り変更の間隔に関する上限が撤廃されるなど、1960年代以来ゲリマンダーを容易にするための憲法改正と選挙制度の改変が相次いで行われている。

権威主義政党が圧倒的に優位なマレーシアのゲリマンダーは、二大政党をモデルとするゲリマンダー理論の通説と異なり、支持基盤を分割して議席変換の効率化を行う一方で、野党優位の選挙区も分割・拡散させ、不確実性を増加させる事で議席に直結させないようにしている[12]


注釈

  1. ^ 2016年参院選以降は都道府県単位の選挙区を合区した参議院合同選挙区が創設されている。
  2. ^ 選挙区が設定されている場合は条例で合併前の市町村を前提とした選挙区が設置されている地方自治体の例がある。

出典

  1. ^ gerrymander verb”. Oxford Learner's Dictionaries. Oxford University Press. 2023年12月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『ゲリマンダー』変えた若者 米中西部ミネソタ州 FB投稿→署名で住民投票→独立委が選挙区割り」『毎日新聞毎日新聞社、2022年5月6日、朝刊、国際面。(要購読契約)
  3. ^ William Safire. No Uncertain Terms: More Writing from the Popular "On Language" Column in The The New York Times Magazine. p. 240 
  4. ^ 「悪習横行、憤る市民 分割され焼失・いびつな選挙区 民主も共和も 米『ゲリマンダー』」『朝日新聞朝日新聞社、2021年12月26日。
  5. ^ 「『区割りは政治問題』連邦最高裁が初判断 州議会選挙 共和党有利に?」『中日新聞中日新聞社、2019年6月29日。
  6. ^ 衆議院会議録情報 第121回国会 本会議 第8号”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2023年12月21日閲覧。
  7. ^ 参院6増案、与党押し切る 野党『身を切る改革に逆行』」『東京新聞中日新聞東京本社、2018年7月12日。オリジナルの2018年7月17日時点におけるアーカイブ。
  8. ^ 定数増、理解得られる?=自民、独り善がりの参院6増案-ニュースを探るQ&A」『時事ドットコム』時事通信、2018年6月17日。オリジナルの2018年7月17日時点におけるアーカイブ。
  9. ^ 参院定数『6増』案が可決 今国会で成立の見通し」『テレ朝news』テレビ朝日、2018年7月12日。
  10. ^ "창원 반송동·용지동 행정구역 조정하라"” (朝鮮語). 경남신문 (2011年2月15日). 2023年10月15日閲覧。
  11. ^ 헌법재판소 1995. 12. 27. 선고 95헌마224·239·285·373 全員裁判部 [公職選擧및選擧不正防止法[別表1]의「國會議員地域選擧區區域表」違憲確認] [헌집7-2, 760]”. 케이스노트. 2023年10月20日閲覧。
  12. ^ a b c 鷲田任邦 著「権威主義的政党支配下におけるゲリマンダリング」、日本比較政治学会 編『日本比較政治学会年報』19号、ミネルヴァ書房、2017年6月、57 - 67・73 - 79頁。ISBN 9784623080465 





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ゲリマンダー」の関連用語

ゲリマンダーのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ゲリマンダーのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのゲリマンダー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS