well
「well」とは、英語で「上手に・十分に・満足に」、「元気だ・健康だ」、「ええと・おやおや」などの意味で用いられる表現である。「井戸・たて穴」を意味する語義もある(同形同音異義語)。
「上手に・十分に・満足に」という意味の「well」は副詞であり、「元気だ・健康だ」という意味では形容詞、「ええと・おやおや」という意味の場合は間投詞(感動詞)である。「井戸・たて穴」を意味する「well」は名詞である。
「井戸」を意味する名詞の well は「(井戸のごとく)湧き出す・湧き出る・噴き上がる・こみ上げる」という意味の動詞として用いられる場合もある。
「well」の語源・由来
「well」の語源はゲルマン祖語を起源とする古英語「wel」である。この「wel」は「豊富な」「非常に」という意味を持ち、形容詞や間投詞としてもすでに用いられていた。14世紀後半から「wel」が「満足に」といったニュアンスを持つようになり、現在の「well」に至る。「well」と「good」の違い
「well」も「good」ともに「良い」「上手」といった意味を持つが、「well」は基本的に副詞として用いられ、「good」は形容詞である。したがって動詞を修飾するのが「well」、名詞を修飾するのが「good」となる。ただし「well」は形容詞としても使用されることに加え、口語表現として「good」が副詞のように使われるケースも増えている。「well」を含む英熟語・英語表現
As wellとは
「おまけに」「同様に」「その上」といった意味を持つ。
We wellとは
動詞の前にくっつくことで、「私たちはよく~する」という表現になる。
Very wellとは
「とてもいい」という意味で使われる他、相手方からの注文・依頼に対して使用することで「かしこまりました」「承知した」「いいでしょう」などの意味を持つ。
非常にwellとは
「とてもいい」を意味する表現で、インターネット・ミームとして動画のタイトルやSNSで用いられている。
How wellとは
疑問文の前にくっつくことで、「どのくらい上手に~できますか?」という表現になる。また通常の文の前にくっつくことで感嘆表現となり、「なんとすばらしい~」「本当上手に~」といった意味を持つ。
Well whatとは
相手に発話を促すように、「さて」「どれ」「それで」といった意味になる。
Be wellとは
「健康である」「具合がいい」「調子がいい」といった意味を持つ。
「well認証」とは
「well認証」とは、2014年にアメリカのデロス・リビング社により考案された建造物の空間評価システムである。オフィスを従業員が快適に働けるかという観点から評価し、書類と現地での性能検査により審査が行われる。基準を満たして審査に合格すると獲得点数により「ブロンズ」「シルバー」「ゴールド」「プラチナ」の認証が貰える。「A well」とは
「A well」とは、「well」を名詞として使用し、「井戸」「泉」「鉱泉」「吹き抜け」などを意味する。「well」を含むその他の用語の解説
Well-beingとは
「健康」を意味する。1948年世界保健機関(WHO)による定義によれば「肉体的・精神的・社会的に満たされた状態」を指し、日本国政府や各企業が「Well-being」の向上に向けて様々な取り組みをしている。
wellnessとは
「より良く生きようとする生活態度」と約される。1961年にアメリカの医者ハルバート・ダンにより提唱され、「wellness」という言葉は世界に広く行き渡った。「health」が肉体的な健康を指すのに対して、「wellness」は精神的な健康を含む広範囲の意味で使用され、生活の質を高めることを追求することをも意味する。
「well」の使い方・例文
「well」を副詞として使う例文として、「Even though he just came to Japan, he speaks Japanese quite well.(彼は日本に来たばかりなのに、かなり上手に日本語を喋る。)」と表現される。「well」を形容詞として使う例文として、「She looks well today.(今日の彼女は健康そうに見える。)」となる。「well」を名詞として使う例文として、「Deeply dug wells are now dry.(深く掘られた井戸は、今では枯れている。)」となる。「well」を間投詞として使う例文として、「Well, how do you want to spend your time?(それで、あなたはどう過ごしたいのですか?)」と表現される。WELL
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/07/12 13:54 UTC 版)
| URL | well.com |
|---|---|
| 開始 | 1985年2月[1] |
Whole Earth 'Lectronic Link(通称:The WELL)とは世界的な仮想共同体のひとつ。
運営され続けている仮想共同体の中で最古の部類に入る。2012年6月時点で会員数は2,693人[2]。インターネットコミュニティとしてよく知られるものの、電子メール、シェルアカウント、ウェブページサービスも提供している。WELLのディスカッションやトピックスではユーザーの性格や興味に基づくことから些細なことから非常に重大なことまで扱われる範囲は広い。
歴史
WELLは1985年にスチュアート・ブランドとラリー・ブリリアントによって創設され、名前はWhole Earth Catalogを含むブランドの初期プロジェクトを部分的ながら参考にしたものである[3]。当初はダイヤルアップ接続でアクセスする電子掲示板(BBS)として始めており、初めて商業トラフィックが可能になった1990年代初期における最初のダイヤルアップISPの1つとなり、インターネットやウェブ技術が進化するに従い現在の形になった[4]。設立時の運営チームはマシュー・マクルーア(Matthew McClure)が中心となり、まもなくクリフ・フィガロ(Cliff Figallo)とジョン・コート(John Coate)が加わった。彼らはいずれも1970年代のコミューン「ザ・ファーム」の出身者であり、初期ユーザーとの協働作業で仮想共同体の概念を育てていった。[5]。
WELLは1985年に設立された当初、Whole Earth Catalogや『Whole Earth Review』の発行元であるポイント財団(The Point Foundation)が50%を、ラリー・ブリリアントが当時会長を務めていたバンクーバー拠点の企業NETI Technologies Inc.(Network Technologies International)が50%を所有していた[5]。
1994年から1999年まで、WELLはウォーキングシューズメーカーロックポート社の創業者ブルース・R・カッツ(Bruce R. Katz)によって所有された。カッツはインフラを刷新しスタッフを雇用したが、WELLをフランチャイズ化する計画をめぐってメンバーとの間に軋轢が生じた[6]。1999年4月、WELLはSalon.comに買収された。Salonの創業者の一部(スコット・ローゼンバーグなど)は、以前からWELLの常連参加者であった[7]。1991年、フィガロに雇われたゲイル・アン・ウィリアムズは現在に至るまで管理を続けている。2005年8月、Salonは他の事業に注力するためWELLの売却先を探していると発表したが、2006年11月には適切な買い手が見つからなかったとして売却活動を一時停止した[8]。
2012年6月、Salonは再びWELLの売却を発表し、購読者基盤が「財政的な将来性を持たない」と述べ、well.comドメインの購入希望者との交渉に入ったこと、および残っていたWELLのスタッフが同年5月末で解雇されたことを明らかにした[9]。これに対し、メンバーたちはオンラインで出資を募り、WELLを自ら買収してスタッフを再雇用することを目指した[10]。
2012年9月、SalonはWELLを長年のメンバー11名が所有する新会社The WELL Group Inc.へ売却した。売却額は40万ドルと報じられている[10]。買収に参加した11名の平均在籍年数は20年を超えていた。メンバーは経営に公式な役割を持たないものの、「(メンバーは)自分たちが最も得意とすること、すなわち会話に戻ることができる。そして経営陣への不満を言うことにも」とされた[10]。初代CEOにはプログラマーでベイエリアのフォーク音楽コミュニティを支援していたアール・クラブ(Earl Crabb)が就任したが、2015年2月20日に死去した。後任についての発表は行われなかった[11]。
会議システムの中核ソフトウェアであるPicoSpanは、NETIのためにマーカス・D・ワッツ(Marcus D. Watts)によってC言語で書かれ、UNIX(mt Xinu版)上で動作するVAX 11/750上で運用された。このVAXは「25万ドルの費用と、電話線とモデムで埋まったクローゼットを必要とした」とされる。PicoSpanのライセンスは、WELLへの初期投資の一部として、会社の半分の権利と引き換えにNETIから提供されたものだった[12]。
WELLの歴史で特筆されるのは後に電子フロンティア財団を設立するジョン・ペリー・バーロウ、ジョン・ギルモア、ミッチ・ケイパーが最初に集った場所がWELLのフォーラムだったことや、初期から積極的に参加していたハワード・ラインゴールドはWELLで得た経験を元に『The Virtual Community(邦訳:『バーチャル・コミュニティ -コンピューター・ネットワークが創る新しい社会』)』を執筆したこと、1980年代終わりから1990年代初期にかけてグレイトフル・デッドのファン、特にコンサートの追っかけにとってメジャーなオンラインミーティングの場ともなったことや、ケビン・ミトニックへの追求と逮捕を描いた小説『テイクダウン』にWELLが登場したことである。
本拠地は創設時点でカリフォルニア州サウサリートだったが、現在はサンフランシスコにある。
2005年8月、サロン・メディア・グループは他事業に集中するためWELLの売却を模索していることを発表した。2006年11月、WELLはプレスリリースにて「サロンは最適な買収者を見つけられなかったものの現在企業の最善利益としてWELL売却の模索を一切中断し事業を維持することを決定した。」と述べた[13]。
2012年6月、サロンは再度WELLの売却を模索するが加入者に金融的な約束を負わせないことを発表した上、ドメイン名well.comの購入に興味を示す団体との協議に入ったことや5月末までに残っていたWELLのスタッフを解雇したことも合わせて発表した[14]。コミュニティはWELL自体と重要なスタッフを再雇用するために資金を集めたことで[15]、同年9月、サロンはWELLを登録メンバーの集団に売却した[16]。
ディスカッションのトピックス
WELLはカンファレンスと呼ばれる一般的な主題分野に分けられている。カンファレンスはメンバーの関心が反映される上、芸術、健康、ビジネス、地域、趣味、スピリチュアル、音楽、政治、ゲーム、ソフトウェアと多岐にわたる。
カンファレンス内ではメンバーはトピックスと呼ばれる別々の会話スレッドを興味のある特定の話題に基づいて新設することが出来る。例として、メディアに関するカンファレンスではニューヨーク・タイムズ、メディア倫理、コミック・ストリップ作品であるルアンそれぞれ専門的に扱ったトピックス、ローカル的なカンファレンスの例としてサンフランシスコにおけるレストラン、市政、近所で起きたニュースを扱ったトピックスがある。
カンファレンスにも「ulist」と呼ばれるカンファレンスホストが利用可能メンバーを制限できる「プライベート」と全メンバーが閲覧できる「パブリックカンファレンス」がある上、いくつかの「フィーチャープライベート(featured private)」や「プライベートインディペンデント(private independent)」のカンファレンス(例として「Women on the WELL」や「Recovery」)はWELLのディレクトリに列挙されているが、アクセスに関してはプライバシーやメンバー制限の理由で限られている。ただ、メンバーはこれらのカンファレンスにアクセスできる権利を申請することは可能である。その他にも一覧には無い数多くの「シークレットプライベート」カンファレンスも存在する。これらのカンファレンスの名前は公に公開されているが、内容、ホスト、参加メンバーについては特定のカンファレンスメンバーによって公開が制限されている。プライベートカンファレンスのメンバーは招待されることで加わることができる。メンバーは自身のパブリックやプライベートインディペンデントカンファレンスを作成することが可能。
方針と管理
WELLの管理者にはザ・ファームと呼ばれる1970年代のコミュニティのベテランだったマシュー・マクルーアとクリフ・フィガロが務めており。1998年よりプルトニウム・プレイヤーズという政治風刺グループの代表のひとりとして知られていたゲイル・アン・ウィリアムズが管理者に加わっている。協働作業において、カウンターポイントと不敬はWELLのコミュニティでリスペクトのある価値とされ、20年以上の間、普通でない管理者達によって育まれている。
カンファレンスはやり取りの指導や礼儀、適切性に基づくカンファレンス規則を実施することが出来る「カンファレンスホスト」によって管理されている。初期の全ホストは社員によって選定されていた。1995年、ゲイル・アン・ウィリアムズが規約を改正しメンバーがフォーラムを作成できるようになった。完全メンバーレベルでの参加者は任意のテーマに基づき、ローカルルールも自由に設定できる「独立した」個人カンファレンス(WELLのメンバーが閲覧可能か制限されたメンバーリストで列挙されているメンバーがプライベート閲覧できるか設定できる)を開設することができる。
カンファレンスサービスの全面的なサポートと指導は数人の社員によって処理されており、UNIXにおいてカンファレンスのメンテナンススタッフが使用するユーザーアカウントにちなんで度々「コンフチーム」と称されており、カンファレンスホストより上位のシステム管理能力を持っていて、「フィーチャーカンファレンス」ホストの選定や(まれであるが)問題行為を起こすアカウントを締め出す権利を持っている。
WELLのメンバーはメッセージと名前欄に投稿するときに一貫性のあるログインユーザー名を使用する。名前欄(WELLの用語で「pseud」)は既定ではユーザーの本名になるが、度々他ユーザーからの引用を反映する形や冗談の形など自由に変更するか空白にすることができる。ユーザーの実名は容易にログイン名から調べられることからWELLのメンバーは匿名ではない。
昔から二通りの意味を持つWELLのスローガン「You Own Your Own Words(YOYOW)」はスチュワート・ブランドが作り出したものでありメンバーは自身の言葉を投稿する権利とその言葉に対する責任を意味している(メンバーはいつでも自身の投稿を削除できるが、投稿の場所と投稿者、落書き投稿だけでなく落書きした人はプレースホルダとして残る。)。
加入と閲覧
WELLのメンバーはほとんどの人が可能だが、有料サブスクリプションと実名が求められる。WELL上のほとんどの投稿はメンバーしか読むことが出来ない。ただ、いくつかの外部メンバーウェブサイトかいくつかの一般公開カンファレンスのように閲覧可能なのもある:
- inkwell.vue - ニール・ゲイマン、ブルース・スターリング、ファライ・チデヤといったアーティスト、ジャーナリスト、作家とオンラインで会話をするインタビューカンファレンス
- pre.vue - WELLメンバーによるあらゆる分野の面白いニュースのキャッチオール
- deadsongs.vue - グレイトフル・デッドの歌詞を議論するカンファレンス
フォーラムは普通のブラウザかSecure Shell経由のコマンドラインUNIXシステムにログインするか、PicoSpanというクラシックなテキストベースインターフェイスを使用するかで読むことができる。
The WELL上のジャーナリスト
The WELLは1980年代から90年代にかけて頻繁にメディアに取り上げられているが、おそらく他のオンラインシステムと比べてユーザー数が偏っていたことによるものと思われる。他のオンラインコミュニティが一般化するにつれ近年ユーザー数は減少したが未だに消滅していない。この初期のビジビリティはと興味を持っているジャーナリストやメディアの選抜した人物に無料でアカウントを提供するという初期の方針による結果で、多くのジャーナリストがオンラインシステムを初体験することになり、インターネットや他のシステムが存在していたのにもかかわらずこのような結果になった。現在アカウントがジャーナリストにほとんど無料提供することはないが、未だにWELL上で存在感を発揮しており、例としてサンフランシスコ・クロニクル在籍コラムニストのジョン・キャロル、ジ・インクワイアのウェンディ・グロスマン、LAシティビート在籍批評家のアンディ・クラインがWELL上で活動している。
また1980年代から90年代にかけて複数の受賞歴があり、1998年のウェビー賞でオンラインコミュニティ賞を、1994年にEFF Pioneer Awardをそれぞれ受賞している。
グレイトフル・デッド会議
WELLの初期において最も成功した会議のひとつが、グレイトフル・デッドのファン(デッドヘッズ)による会議である。社会学者レベッカ・アダムス(Rebecca Adams)は「デッドヘッズは、インターネットを使ったりワールド・ワイド・ウェブに集まったりすることが流行するはるか前から、電子的な開拓者だった」と述べている[17]。
WELL上のデッドヘッズ向け会議は1986年3月1日に開設された。サンフランシスコのラジオ局でグレイトフル・デッドの音楽番組を担当していたミュージシャンのデイヴィッド・ガンズ(David Gans)が、ベネット・フォーク(Bennett Falk)とメアリー・アイゼンハート(Mary Eisenhart)を共同ホストとして立ち上げたものである[18]。この会議の開設はWELLの会員数の急増をもたらし、初期の数年間、ツアーの計画やオーディオテープの交換、歌詞の議論のために会議を利用したデッドヘッズは、WELLにとって最大の収入源となった。設立当初の運営チームの一員であったマシュー・マクルーアは「デッドヘッズたちはオンラインにやってきて、自分たちの周りにコミュニティを作り上げるためにシステムをどう使えばよいか、本能的に知っているようだった……突然、私たちの将来は約束されたように見えた」と振り返っている[12]。1997年、エリック・F・ワイベンガ(Eric F. Wybenga)はグレイトフル・デッド関連資料の年鑑の中で、WELLは「AOLが平均的なアメリカ人にとってそうであるように、デッドヘッズにとっての存在である」と評した[19]。
電子フロンティア財団の誕生
WELLは、グレイトフル・デッドの作詞家ジョン・ペリー・バーロウ、ジョン・ギルモア、ミッチ・ケイパーという電子フロンティア財団(EFF)の創設者たちが初めて出会った場でもあった。バーロウは、Appleのコードの盗難を捜査するFBI捜査官の訪問を受けた際、法執行機関がインターネットをほとんど理解していないことに気づき、自身が事件に関与していないと捜査官を説得できたにもかかわらず、権力の行き過ぎの可能性に懸念を抱くようになったと記している。EFFは1990年に設立され、同じくWELLメンバーであったマイク・ゴドウィンが最初の常勤弁護士として雇われた[20]。
Craigslistの誕生への影響
Craigslistの創業者クレイグ・ニューマークは、1993年にサンフランシスコへ移住した直後にWELLに参加した。彼はメンバー同士が交わすインターネット・コミュニティに関する議論や、報酬を求めずに互いに時間や専門知識を提供し合う姿に触発された。1995年、ニューマークは友人向けにイベントや求人情報のメールリストを送り始め、これがのちにCraigslistへと発展した。リストが公開のLISTSERVへと拡大し営利法人化された後も、ニューマークはそれをコミュニティの信託と捉えていたという[21]。
コミュニティ文化と出来事
WELLは会議サービスに加え、機関や企業のコンピュータネットワークにアクセスできない人々にUNIXオペレーティングシステムへのアクセスを提供し、メンバーがUNIXツールを作成・共有することを奨励した。初期のコミュニティマネージャーであったジョン・コート(John Coate)は、これをのちに「メイカー文化」と呼ばれるものの初期の表れであったと述べている[22]。1993年当時を振り返り、ハワード・ラインゴールドは、こうした要素がWELLを「若きコンピュータの魔術師たち」にとって魅力的な環境にしていたと述べている[12]。
一方で、コミュニティは現実世界と結びついた出来事にも直面した。1990年、人気のあった活動的なメンバーが自らの投稿をすべて削除(「スクリブル」)した後に自死し、他のメンバーが彼に手を差し伸べようとしたにもかかわらず、コミュニティに衝撃を与えた。また数年後には、2人のメンバーが現実の恋愛関係のもつれを複数の会議にまたがって投稿し、コミュニティを二分する事態となった。この一件はケイティ・ハフナー(Katie Hafner)によるWELLに関する著書の中心的な題材となった[23]。
対面での交流
WELLでは、メンバーによる対面の集まりも重要な要素であった。月例の「WELLオフィス・パーティー」は1986年9月に始まり、ベイエリアをはじめ各地で長年にわたり続けられた[24]。当時を振り返り、ジャーナリストのジョン・キャロル(Jon Carroll)は、チリのクックオフや野球観戦、ブランチ、歌の集いなどが次々と生まれたと記している[25]。1991年に始まった「バークレー・シングシング」(Berkeley Singthing)は、ポピュラー音楽を演奏し歌う気軽な集まりで、WELLメンバーによる対面の集まりの中でも最も長く続いているものの一つである[26]。
著名なメンバーと影響
ハワード・ラインゴールドは、AOLの創業者の一人スティーブ・ケースと、Craigslistを創業したクレイグ・ニューマークが、いずれも自らの会社を設立する前にWELLのメンバーであったことを指摘している[6]。WELLは1990年代初頭に「ジャーナリストのための情報収集拠点」とも評され、ニューヨーク・タイムズ、ビジネスウィーク、サンフランシスコ・クロニクル、タイム、ローリング・ストーン、ウォール・ストリート・ジャーナルなどのスタッフライターや編集者がメンバーに含まれていた。この初期の知名度は、ジャーナリストなど一部のメディア関係者に無料アカウントを提供するという初期の方針に助けられた面がある[12]。WELLでの経験について執筆した著名なジャーナリストには、ニューヨーカー誌のジョン・シーブルック、ニューヨーク・タイムズのケイティ・ハフナー、ガーディアン紙のウェンディ・M・グロスマン(Wendy M. Grossman)、サンフランシスコ・クロニクルのジョン・キャロルらがいる[23]。
1995年には、下村努(Tsutomu Shimomura)が、盗まれた自身のソフトウェアの一部がWELLのアカウントに保存されていることに気づいた。彼はWELLの運営陣と協力してハッカーのケビン・ミトニックを追跡・特定した。この経緯は、下村がジョン・マルコフと共著した著書『Takedown』およびそれを抜粋したWired誌の記事で描かれている[27]。なお2007年3月、WELLはミトニックの入会を拒否し、会費を返金したことで注目された[28]。
受賞
WELLは1980年代から1990年代にかけて複数の賞を受賞しており、1994年にはEFFパイオニア賞を、1998年にはオンラインコミュニティ部門でウェビー賞を受賞した[5]。
学術的評価
WELLは、対抗文化(カウンターカルチャー)とデジタル技術の結びつきを論じる研究において重要な事例として取り上げられている。歴史学者フレッド・ターナー(Fred Turner)は、著書『From Counterculture to Cyberculture』(2006年)や論文「Where the Counterculture Met the New Economy: The WELL and the Origins of Virtual Community」(『Technology and Culture』誌、2005年)において、WELLを全地球カタログの系譜に連なるものと位置づけ、バーチャルコミュニティーの起源として分析している[29][30]。
WELLの初期の料金体系(接続時間に応じた課金)については、平等主義的・民主的な理想を掲げながらも、より裕福なユーザーが会話を支配することを許しうるという指摘もなされた。コミュニティマネージャーのゲイル・アン・ウィリアムズ(Gail Ann Williams)は、これを「ポストクラシー(postocracy)」と呼び、創設者たちの「サイバー・ユートピア主義」は当初から過度に楽観的だった可能性があると振り返っている[31]。
事件
2007年3月、WELLはケビン・ミトニックの会員登録を拒否したことや彼からの会費を払い戻したことで注目を集めた[32]。
The WELLを扱った書籍
- Howard Rheingold, The Virtual Community
- (1994) Perennial ISBN 0-06-097643-8 (Hardcover) — ISBN 0-262-68121-8 (2000 revised paperback edition)
- John Seabrook, Deeper: My Two-Year Odyssey in Cyberspace(邦訳:愛しのネット狂 -ぼくがネットにはまった理由-)
- (1997) Simon & Schuster ISBN 0-684-80175-2 (Hardcover) — ISBN 0-684-83873-7 (Paperback)
- Katie Hafner, The WELL: A Story of Love, Death and Real Life in the Seminal Online Community
- (2001) Carroll & Graf Publishers ISBN 0-7867-0846-8
- Katie Hafner's book, expanded from a Wired Magazine article, chronicles the odd birth, growing pains, and interpersonal dynamics that make The WELL the unusual, perhaps unique, online community that it is.
- Fred Turner, From Counterculture to Cyberculture: Stewart Brand, the Whole Earth Network, and the Rise of Digital Utopianism
- (2006) University of Chicago Press ISBN 0-226-81741-5
- "Where the Counterculture met the New Economy: The WELL and the Origins of Virtual Community", Technology and Culture, Vol.46, No.3 (July, 2005), pp. 485–512.
- Roy Ascott and Carl Eugene Loeffler, Guest Editors, Connectivity: Art and Interactive Telecommunications, Leonardo 24:2, 1991. Includes documentation of early artworks on ArtCom Electronic Network, a WELL Conference and archive started in 1986 by Carl Loeffler and Fred Truck(ArtCom Electronic Networkによる初期のアートワークのドキュメントとカール・ローフラーとフレッド・トラックによる1986年からのWELLカンファレンスのアーカイブ). Artworks created or published on ACEN on the WELL included John Cage, (The First Meeting of the Satie Society) Judy Malloy, (Uncle Roger, Bad Information, Thirty Minutes in the Late Afternoon) Jim Rosenberg,(Diagram Series) and Sonya Rapoport. (Digital Mudra Online) Connectivity: Art and Interactive Telecommunications includes papers about art on the WELL by Ron Buck, ("Poetry Online") Carl Loeffler, ("Modem Dialing Out") Anna Couey, ("Art Works as Organic Communications Systems") Roger Malina, ("FineArt Forum and F.A.S.T.: Experiments in Electronic Publishing in the Arts) Gil MinaMora, ("Hidden Bearers: An Exquisite Corpse Online") and Judy Malloy, ("Uncle Roger, an Online Narrabase").
関連項目
脚注
- ↑ Pernick, Ron (1995年). “A Timeline of the First Ten Years of The WELL”. 2008年6月28日閲覧。
- ↑ The Well, a Pioneering Online Community, Is for Sale Again New York Times, June 29, 2012
- ↑ “Stewart Brand and Larry Brilliant Found "The Well", One of the First Online Communities : History of Information”. www.historyofinformation.com. 2026年1月26日閲覧。
- ↑ “Examining Stewart Brand’s role in the Ecomodernist Project”. 2025年1月10日閲覧。
- 1 2 3 Hafner, Katie (1997年5月). “The Epic Saga of The Well”. Wired. 2026年7月5日閲覧。
- 1 2 Rheingold, Howard (2012年7月6日). “What the WELL's Rise and Fall Tell Us About Online Community”. The Atlantic. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ “Salon Buys The Well”. Wired (1999年4月7日). 2026年7月5日閲覧。
- ↑ “The Well to Stay With Salon” (Press release). The WELL. 2006年11月14日. 2026年7月5日閲覧.
- ↑ “Salon 10K filing, June 2012”. U.S. Securities and Exchange Commission (2012年). 2026年7月5日閲覧。
- 1 2 3 Grossman, Wendy (2012年9月27日). “Salon sells The WELL to its members”. The Guardian. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ “Earl Crabb, 1941–2015”. Berkeley Daily Planet (2015年3月31日). 2026年7月5日閲覧。
- 1 2 3 4 Rheingold, Howard (1993). The Virtual Community: Homesteading on the Electronic Frontier. Addison Wesley. pp. 31–45. ISBN 978-0-262-68121-6
- ↑ “The Well to Stay With Salon” (Press release). The WELL. November 14, 2006. 2007年11月8日閲覧.
- ↑ “Salon 10K filing, June 2012” (2012年). 2012年7月2日閲覧。
- ↑ “Will The WELL Survive? Members Pledge $100K+ to Buy Influential Virtual Community from Corporate Owners” (2012年). 2012年7月2日閲覧。
- ↑ Salon Media Group Sells The WELL to The Well Group
- ↑ Adams, Rebecca G.; Sardiello, Robert (2000). Deadhead Social Science: You Ain't Gonna Learn What You Don't Want to Know. Altamira Press. p. 35. ISBN 978-0-7425-0251-2
- ↑ Richardson, Peter (2015). No Simple Highway: A Cultural History of the Grateful Dead. St. Martin's Press. pp. 158–160. ISBN 978-1-250-01062-9
- ↑ Wybenga, Eric (1997). Dead to the Core: An Almanack of the Grateful Dead. Delta Books. ISBN 978-0-385-31683-5
- ↑ Barlow, John Perry (1990年11月8日). “A Not Terribly Brief History of the Electronic Frontier Foundation”. Electronic Frontier Foundation. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Weiss, Philip (2006年1月6日). “A Guy Named Craig”. New York. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ O'Keefe, Patrick (2020年3月9日). “When your First Day as an Online Community Manager is Your First Day at a Computer”. Community Signal. 2026年7月5日閲覧。
- 1 2 Hafner, Katie (2001). The Well: A Story of Love, Death and Real Life in the Seminal Online Community. Carroll & Graf. ISBN 978-0-7867-0846-8
- ↑ Pernick, Ron (1995年). “WELL Historical Timeline: The First Ten Years”. The WELL. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Carroll, Jon (2012年7月4日). “A maybe farewell to the dear old Well”. San Francisco Chronicle. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Woodman, Eric (2008年1月15日). “Berkeley Singthing FAQ”. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Shimomura, Tsutomu (1996年2月1日). “Catching Kevin”. Wired. 2026年7月5日閲覧。
- ↑ “Kevin Mitnick is Unforgiven”. Wired (2007年3月21日). 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Turner, Fred (2006). From Counterculture to Cyberculture: Stewart Brand, the Whole Earth Network, and the Rise of Digital Utopianism. University of Chicago Press. ISBN 0-226-81741-5
- ↑ Turner, Fred (2005-07). “Where the Counterculture Met the New Economy: The WELL and the Origins of Virtual Community”. Technology and Culture 46 (3): 485–512.
- ↑ “The Golden Age of Online Communities and The WELL, with Gail Ann Williams”. Cohere (2021年6月1日). 2026年7月5日閲覧。
- ↑ Kevin Mitnick is Unforgiven Wired, March 21, 2007
外部リンク
- The WELL
- The WELL Gopher – retained as a text museum but now served via HTTP.
- Wired news: Salon buys The WELL
- Wired magazine: "The Epic Saga of the WELL" - ウェイバックマシン(2000年12月7日アーカイブ分) by Katie Hafner
- The WELL: Small Town on the Internet Highway System by Cliff Figallo
- C|net News.com: "The WELL celebrates 20th birthday"
- Net Wars at The Inquirer: "You own your own 20th anniversary"
- C|net News.com: "Salon places The WELL up for sale"
「well」の例文・使い方・用例・文例
- Dalton自動車からMark Halliwellを引き抜いてマーケティング部の部長にするって。
- Mark Halliwellは確かに適任ね。どんな人でも結果を出すには少なくとも6 か月は必要だろうと思うけれど。
- 様態の副詞 《well, carefully, fast, so, how など》.
- 部下の者がよく働いてくれる(My men work well, serve me well―と言わずして)
- Cromwell は実があって名の無い王
- Cromwell は王という名が無いばかりですべての実を備えておった(有実無名)
- Cromwell は実際王であった
- Cromwell は隠然王であった
- Cromwell は事実上の王であった
- WELLのページへのリンク
