ハビエル・デ・ボルボン=パルマ
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/31 16:56 UTC 版)
グザヴィエ・ド・ブルボン=パルム Xavier de Bourbon-Parme |
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ボルボーネ=パルマ家家長 | |
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1970年
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在位 | 1974年 - 1977年 |
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全名 |
一覧参照
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出生 | 1889年5月25日![]() |
死去 | 1977年5月7日(87歳没)![]() |
埋葬 | ![]() |
配偶者 | マドレーヌ・ド・ブルボン=ビュッセ |
子女 | |
家名 | ブルボン=パルマ家 |
父親 | パルマ公ロベルト1世 |
母親 | マリーア・アントーニア・デル・ポルトガッロ |
宗教 | キリスト教カトリック |
フランソワ=グザヴィエ・ド・ブルボン=パルム(フランス語: François-Xavier de Bourbon-Parme, 1889年5月25日 - 1977年5月7日)は、ボルボーネ=パルマ家家長。カルリスタの一派によってカルリスタのスペイン王として推された。イタリア語名はフランチェスコ・サヴェリオ・ディ・ボルボーネ=パルマ(Francesco Saverio di Borbone-Parma)、スペイン語名はフランシスコ・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ・イ・ブラガンサ(Francisco Javier de Borbón-Parma y Braganza)。
生涯
最後のパルマ公ロベルト1世と2番目の妻マリーア・アントーニアの間の次男としてカマイオーレに生まれる。
第一次世界大戦中、兄シクスト(シクストゥス)とともにベルギー軍将校となっていたが、兄と共に妹ツィタが皇后だったオーストリア=ハンガリーの連合国との単独講和交渉に当たった。
母方の伯母マリア・デ・ラス・ニエベスの夫サン・ハイメ公アルフォンソ・カルロスはカルリスタの支持する「スペイン王アルフォンソ・カルロス1世」であったが、1936年に死去するとボルボン家のカルリスタ王位請求者の男系は断絶した。アルフォンソ・カルロス自身はグザヴィエを後継者に指名していたが、他にもアルフォンソ13世の王子たちやアルフォンソ・カルロスの姪ブランカの末子であるトスカーナ大公子カルロス・ピオを推す諸派があり、カルリスタは内部分裂した。グザヴィエは1936年から1952年まで摂政を、その後自らスペイン王として「ハビエル1世」(スペイン語: Javier I)を称した。
第二次世界大戦中、グザヴィエはベルギー軍の砲兵大佐として従軍した。ベルギーの降伏後はスペインへ亡命しようとしたが、フランシスコ・フランコに拒否されたためにフランスのレジスタンス運動に参加した。マキを支援していたが、1944年7月22日にゲシュタポによって逮捕された。「夜と霧」が適用されてクレルモン=フェランに収監された後、連合国軍の進撃に伴ってナッツヴァイラー強制収容所、ダッハウ強制収容所などを転々とし、1945年5月4日にアメリカ軍によって解放された。
晩年の1974年に甥ロベルト・ウーゴが死去すると、ボルボーネ=パルマ家家長および名目上のパルマ公位を継承した。
妹ツィタの元を訪れにスイスのツィツァースに滞在していた最中の1977年5月7日、心臓発作で死去した。遺体はソレムのサン・ピエール修道院に葬られた。
子女
1929年11月12日にリニエールでブルボン家の庶子の家系の一つブルボン=ビュッセ家のマドレーヌ(マグダレーナ)と結婚した。マドレーヌとの間に2男4女を儲けた(名前はフランス語名/スペイン語名で記す)。
- マリー=フランソワーズ/マリア・フランシスカ(1928年 - ) - 1959年、エドゥアール・ド・ロブコウィチュと結婚
- シャルル=ユーグ/カルロス・ウゴ(1930年 - 2010年) - ボルボーネ=パルマ家家長
- マリー=テレーズ/マリア・テレサ(1933年 - 2020年) - 2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患により死去[1]
- セシール・マリー/セシリア・マリア(1935年 - 2021年)
- マリー・ド・ネージュ/マリア・デ・ラス・ニエベス(1937年4月29日 - )
- シクスト=アンリ/シクスト・エンリケ(1940年 - )
出典
- ^ Scarsi, Alice (28 March 2020). "First royal dies of coronavirus as COVID-19 cases worldwide soar". Express Newspapers (英語). 2020年3月28日閲覧。
先代 アルフォンソ・カルロス1世 |
スペイン王位請求者 (カルリスタ) 1952年 - 1975年 |
次代 カルロス・ウゴ1世 |
先代 ロベルト・ウーゴ |
ボルボーネ=パルマ家家長 1974年 - 1977年 |
次代 カルロ・ウーゴ |
「Prince Xavier of Bourbon-Parma」の例文・使い方・用例・文例
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
- 臨床的鬱病を治療するのに用いられる三環系抗鬱薬(商品名ImavateとTofranil)
- 『sunshine-roof』は『sunroof(サンルーフ)』に対する英国の用語である
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