PWGとは? わかりやすく解説

PWG

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/12/25 07:38 UTC 版)

PWG


PWG(2005 - 2008、2010 - 2014年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 03:19 UTC 版)

「ケビン・スティーン」の記事における「PWG(2005 - 2008、2010 - 2014年)」の解説

05年の5月に、CZWと同時並行でプロレスリング・ゲリラ(Pro Wrestling Guerrilla)にも参戦している。8月にはA.J.スタイルズを破りPWG世界王座を初戴冠するが、4ヵ月後にスーパー・ドラゴンの介入もあり、ジョーイ・ライアンにタイトルを奪われてしまう。そこからスーパー・ドラゴンと抗争を開始し、12月にスティーンが負け、抗争に終止符を打った。 2006年に入るとエル・ジェネリコとタッグを組み、PWG世界タッグ王座を目指すようになる。翌年の07年7月になると王者組のPACとロデリック・ストロングを破りPWG世界チーム王座を獲得する。3ヵ月後のツアー中にデイビー・リチャーズとスーパー・ドラゴン組に敗れるまでの3ヶ月ベルトを保持し続けた。タイトルを失った翌日、負けたらPWGからの無期限に離脱を条件に、パートナーをPACに変えて王者組にリマッチするも負けてしまう。この後スティーンはPWGから長期離脱をする。 08年3月になるとエル・ジェネリコをパートナーにPWGに復帰し、復帰と同時にジェーイ・ライアンとスコット・ロストのタッグチャンプを破り、2度目のタイトルを獲得をする。スティーンとジェネリコのタッグはダイナミック・ダムヴィレート・タッグ・チーム・タイトル・トーナメント(DDT4)に出場、決勝までの残るがジャック・エヴァンス、ロデリック・ストロング組に敗れてしまいタイトルを失ってしまう。その後諸事情により再びPWGを離脱し、ROHへ合流している。 2010年にROHを離脱するとスーパー・ドラゴンの同意を得て復帰。2010年12月に武者修行中の戸澤アキラと初対戦し、勝利を収めている。11年の2月のなると3月のDDT4のトーナメントのために戸澤とナイトメア・バイオレンス・コネクション(Nightmare Violence Connection)というタッグ名でタッグ結成した。トーナメント初戦でブリスコ・ブラザースを破り、当時のROH世界タッグチーム王座保持者のキング・オブ・レスリングを破って決勝まで残り、決勝でヤング・バックスと対戦するが負けて準優勝で終わってしまう。 PWGの8周年記念のショーで第1試合でPACを破り、第5試合でCIMAと組んで当時PWG世界タッグ王座を保持していたザ・ヤング・バックスとノンタイトルで対戦して勝利した。ショーのメインイベントであるPWG世界王座を賭けたチャンピオンのクラウディオ・カスタニョーリと挑戦者のクリス・ヒーローの試合後、タイトルを防衛した王者にいつでもPWG王座へ挑戦できる権利を行使し、パッケージ・パイルドライバーでチャンピオンから3カウントを奪い王座を奪取。通算2回目の獲得である。 8月の2011 Battle of Los Angelesのトーナメントでデイブ・フィンレー、エディ・エドワーズを破り決勝へ進出したが、かつてのタッグを組んでいたライバルのエル・ジェネリコに敗れてしまう。9月にデイビー・リチャース相手にPWG王座を防衛するが、10月のSteen Wolfでエル・ジェネリコとPWG王座を賭けたラダーマッチ形式で試合を行い、ヤング・バックスの介入もありエル・ジェネリコに王座を奪われてしまう。試合後、スティーンを守るために脳震盪で引退していたスーパー・ドラゴンが3年ぶりに現れ、ヤング・バックス側のゲリラ・マッチを受け入れる代わりに、ヤング・バックスが保持しているPWG世界タッグチーム王座への挑戦権を手に入れた。 スティーンとスーパー・ドラゴンはアペタイト・フォー・ディストラクション(Appetite for Destruction)というタッグ名でヤング・バックスとゲリラ・マッチで対戦し、ヤング・バックスからPWG世界タッグチーム王座を奪取した。翌年3月にはPWG世界王座を賭けてチャンピオンのエル・ジェネリコとエディ・エドワーズと3wayマッチを行い勝利しタイトルを奪取した。4月にはサミ・キャリハン、5月にはブライアン・ケイジ・テイラーを相手に王座を防衛するが、同じ日にスーパー・ドラゴンの踵の怪我の影響でタッグ王座を返上した。PWGの9周年イベントでもウィリー・マックを相手に王座を防衛した。 9月に2012 Battle of Los Angelesに出場。1回戦でリコシェに負けたうえに、Battle of Los Angelesの優勝者であるアダム・コールにベルトを盗まれてしまう。10月にタイトルを賭けリコシェ、マイケル・エルガンの3wayマッチで防衛を果たすが、試合後にコールが12月にタイトルに挑戦すると宣言。12月1日にタイトルを賭けアダム・コールとゲリラ・ウォーフェア・マッチで対戦するが負けてしまい、タイトルを落としている。 エル・ジェネリコがWWEとの契約に合意をすると、スティーンとジェネリコは再びタッグを結成。2012年12月開催のDDT4に参加し、ブリスコ・ブラザーズとフューチャー・ショック(アダム・コールとカイル・オライリー)を破り決勝に進むが、ヤング・バックスに敗れて準優勝に終わった。 2013年8月にヒールターン、PWG王座保持者のアダム・コール、PWG世界タッグ王座保持者のヤング・バックスとマウント・モアラッシュ・オブ・レスリング(The Mount Rushmore of Wrestling)を結成している。。

※この「PWG(2005 - 2008、2010 - 2014年)」の解説は、「ケビン・スティーン」の解説の一部です。
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