寧州 (甘粛省)とは? わかりやすく解説

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寧州 (甘粛省)

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/13 04:32 UTC 版)

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寧州(ねいしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から民国初年にかけて、現在の甘粛省慶陽市一帯に設置された。

魏晋南北朝時代

468年(皇興2年)、北魏により設置された華州を前身とする。487年(太和11年)に華州は班州と改められた。490年(太和14年)、班州は邠州と改称された。496年(太和20年)、邠州は豳州と改称された。北魏のとき、豳州は西北地郡・趙興郡・襄楽郡の3郡10県を管轄した[1]。

554年(廃帝3年)、西魏により豳州は寧州と改称された[2]。

隋代

隋初には寧州は2郡4県を管轄した。583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、寧州の属郡の趙興郡と西北地郡は廃止された。606年(大業2年)、寧州は豳州と改称された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、豳州は北地郡と改称され、下部に6県を管轄した[3]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。

隋代の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
州 寧州 豳州 郡 北地郡
郡 趙興郡 西北地郡 新平郡 県 定安県 羅川県
彭原県 襄楽県
新平県 三水県
県 定安県
陽周県
彭陽県
襄楽県
白土県
三水県
永寿県

唐代

618年(武徳元年)、唐により北地郡は寧州と改められた。742年(天宝元年)、寧州は彭原郡と改称された。758年(乾元元年)、彭原郡は寧州の称にもどされた。寧州は関内道に属し、定安・定平・真寧・彭原・豊義・襄楽の6県を管轄した[4]。

宋代

北宋のとき、寧州は永興軍路に属し、定安・襄楽・真寧の3県を管轄した[5]。

金のとき、寧州は慶原路に属し、安定・定平・真寧・襄楽の4県と交城・棗社・大昌・要関・山河の5鎮を管轄した[6]。

元代

元のとき、寧州は陝西等処行中書省に属し、真寧県を管轄した[7]。

明代以降

明のとき、寧州は慶陽府に属し、属県を持たない散州となった[8]。

清のときも、引き続き寧州は慶陽府に属した[9]。

1913年、中華民国により寧州は廃止され、寧県と改められた。

脚注

  1. ^ 『魏書』地形志二下
  2. ^ 『元和郡県志』は「廃帝三年改豳州為寧州、以撫戎狄為名」とする。なお『周書』文帝紀下には、同年春正月の記事として「南豳為寧州」と見える
  3. ^ 『隋書』地理志上
  4. ^ 『旧唐書』地理志一
  5. ^ 『宋史』地理志三
  6. ^ 『金史』地理志下
  7. ^ 『元史』地理志三
  8. ^ 『明史』地理志三
  9. ^ 『清史稿』地理志十一



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