2011年:オバマ大統領との本格的対立
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「アメリカ合衆国共和党の歴史」の記事における「2011年:オバマ大統領との本格的対立」の解説
2011年からの連邦第112議会では、下院多数党の地位を占めた共和党とオバマ政権の間で予算を巡る激しい攻防が繰り広げられた。連邦議会では10月から始まる会計年度の歳出法案が前年度中に成立せず、継続予算決議でつなぎながら年度開始後に成立することが常態化しているが、2011年度(2010年10月〜2011年9月)の歳出法案及び7回目の継続予算決議の成立が遅れ、2011年4月9日0時(東部夏時間)を以って重要性の低い行政機関を閉鎖し、80万人の公務員に一時帰休を命じる政府閉鎖が迫った。主な争点は主に2011年春の政府支出と、赤字削減のための長期的措置であった。最終的には期限数時間前に民主・共和両党が歳出法案に合意し、政府機能停止は回避された。 これと並行して、下院予算委員会(英語版)委員長に就いた共和党のポール・ライアン下院議員は、オバマ大統領の2012年度予算案に代わるものとして、「繁栄への道(英語版)」と題する予算決議案を示した。その主眼はメディケア、メディケイド、2010年の医療制度改革法による補助金支出やその他の政府支出の大幅な削減である。ただし社会保障制度には手を触れていなかった。ライアンの予算決議案は2011年4月、共和党が多数を占める下院を通過したが、民主党が多数を占める上院は通過できなかった。 5月に入ると、連邦債務が議会の設けた上限に達したため、米国債のデフォルト危機が迫った(米国債務上限引き上げ問題(英語版))。議会では債務削減案を巡って激しい対立が起きたが、8月2日、デフォルト期限を目前に予算コントロール法(英語版)が成立し、今後、財政赤字を削減するのと引き換えに連邦債務の上限を引き上げることとなった。赤字削減の法案作成は両党の両院議員12人から成る財政赤字削減両院合同特別委員会(英語版)(俗にスーパー委員会)に委ねられ、11月23日までに委員会が決められた額以上の削減案を提案できないか、議会がこれを否決するなどした場合には、2013年から政府支出を自動的に一律削減するトリガー条項が設けられた。委員会は期限までに合意に至らず、2013年から予算の強制一律削減が実施されている。 2011年後半には、共和党が多数派である下院で医療保険制度改革法(オバマケア)の廃止案が提出され、245対189で「法案廃止」となったが、上院はこれを無視した。法案を覆すために、共和党優勢の複数の州当局等が連携して連邦最高裁判所に訴えたが、2012年までに訴えの大部分は退けられた。2012年に共和党の大統領候補となったミット・ロムニーは、大統領になった際にはこの法案を廃止することを公約した。 州政府では、2011年2月以降、新任共和党州知事の一部が相次いで公務員労働組合の力を削ぐ法案を提出した。特に、ウィスコンシン州知事スコット・ウォーカー、インディアナ州知事ミッチ・ダニエルズ、アラスカ州知事ショーン・パーネル、ミシガン州知事リック・スナイダー(英語版)、オハイオ州知事ジョン・ケーシック、メイン州知事ポール・リページ(英語版)、アリゾナ州知事ジャン・ブリュワーの提出した法案には、公務員の団体交渉権を剥奪するとともに、公務員の年金や健康保険の負担割合を上げることが含まれていた。知事等の主張によれば、これは州の支出を削減し、予算の均衡を取るために必要な措置であった。しかし各州で公務員の激しい抗議活動が起きた。ウィスコンシン州マディソン市で始まった抗議は、オハイオ州、インディアナ州、メイン州、ミシガン州、アイダホ州、テネシー州、ニュージャージー州、アイオワ州、カンザス州と広まり、現在も継続している(2011年アメリカ合衆国公務員抗議活動(英語版))。
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