16年振りに早大日本一
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1986年度シーズン、2度目となる早大監督に就任。早大が弱体化した頃、一般には「FWが弱い」と言われていたが、木本はBKが弱いと分析。FWに適性テストを課してコンバートさせるなど、BK強化に尽力した。パスが苦手で縦突進とタックルを繰り返す不器用な選手であった藤掛三男の才能を開花させたのは木本の功績と言われる。それまで大舞台の前に行われていた部内試合を廃止するなど怪我防止を図る一面もあった。就任初年度は早大は優勝を逃したが、悔しい酒を痛飲して合宿所で眠り込んでいた部員を夜明け頃に叩き起こし、服を脱いで自ら冷水をかぶることでチームを鼓舞し、選手一同も揃って水をかぶったたという逸話が残っている。翌1987年度シーズン、堀越正巳、今泉清の2人の1年生をレギュラーに抜擢し、『雪の早明戦』として語り継がれる12月6日早明戦を10-7で撃破し、早大の5年ぶりの対抗戦優勝をもたらした。続く全国大学ラグビーフットボール選手権大会(以下、大学選手権)でも、京都産業、大阪体育、同志社の関西3チームを撃破し、11年ぶりの同大会制覇をもたらした。そしてこの勢いは、1988年1月15日開催の日本ラグビーフットボール選手権大会(日本選手権)でも続き、同大会初出場となった東芝府中(現 東芝ブレイブルーパス)を22-16で破り、16年ぶり4度目の同大会優勝を果たした。また、同シーズン限りで早大監督を退任した。 日本選手権優勝時のフィフティーン 1988年1月15日 国立競技場 番号選手名学年出身校1 永田隆憲 4年 筑紫 2 森島弘光 2年 日川 3 頓所明彦 4年 巻 4 弘田知巳 4年 早実 5 篠原太郎 3年 筑紫 6 神田識二朗 4年 福岡 7 清田真央 3年 神戸 8 清宮克幸 2年 茨田 9 堀越正巳 1年 熊谷工 10 前田夏洋 2年 修猷館 11 今泉清 1年 大分舞鶴 12 今駒憲二 4年 生田 13 藤掛三男 1年 佐野 14 桑島靖明 4年 石神井 15 加藤進一郎 4年 國學院久我山 ※太字はキャプテン
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