超新星ハンターとして
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 10:18 UTC 版)
同県内河北町のアマチュア天文家岡崎清美の影響を受け、[要出典]2000年から主な捜索対象を超新星に切り替えた。超新星の観測に重点を移して以降の活躍は驚異的なものであり、2015年現在での個人での発見数は、世界歴代6位となる。また、これまで日本人が発見した超新星の半数以上が板垣によるものである。 2006年に発見した超新星SN 2006jcは、自身が2004年に発見した増光天体と同じ星であることが明らかになり、同一天体が異なる二度の爆発を起こすという初めての実例で、恒星の進化に関するモデルの見直しに大きな影響を与えた。この発見による研究論文は、九州大学大学院の山岡均助教と共著の扱いで英国の学術誌「ネイチャー」に掲載された。世界的に高く評価されたこの発見がきっかけとなり、2007年8月30日、山形大学より同大学初となる名誉博士号を授与された。 2010年には広島大学宇宙科学センターと東京大学数物連携宇宙研究機構の研究チームにより、2005年に発見した超新星SN 2005czが、質量の小さい、いわゆる「軽い星」の爆発であったことが明らかになった。本来、質量が太陽の8-12倍の「軽い星」が超新星爆発を起こす恒星の中でも最も多いと考えられていたが、これらに由来するはずのスペクトル波を示す爆発は発見されてこなかった。理論上、最も多く存在するはずの爆発が全く観測されないことで、天文学理論そのものに影響を与えかねなかった。この研究によって、現在の理論が大筋で正しいことが検証された。これまでに同種の超新星が発見されていなかったのは、SN 2005czの観測で確認された、予想以上に暗いこと、急速に減光すること、が原因の一部だろうと考えられている。この研究論文は「ネイチャー」に掲載され、板垣も発見者として連名されている。 2011年11月8日には、NHK BSプレミアムの宇宙番組「コズミックフロント」で、1時間にわたって板垣の超新星ハンティングを取り上げた内容が放送されている。タイトルは「超新星を見つけ出せ! Itagakiの挑戦」であった。 2014年12月13日に、くじら座の銀河 NGC 309 に通算100個目となる超新星の候補天体を発見した。12月16日にはそのスペクトル線からIb型の超新星であることが確認された。このニュースを伝えるAstronomer's Telegram(英語版)の末尾には、100個目の超新星発見を祝福するメッセージが添えられた。 2015年12月7日には一晩で30分間程の間に、3個の超新星を発見した。これで同年の超新星発見数は14個となったが、総計で14個以上の超新星発見記録を持つ日本人は、板垣自身の他は串田麗樹のみである。
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