貨幣の単位
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 07:21 UTC 版)
古代から中世にかけて、銭貨の単位として文(もん)や貫が用いられた。江戸時代では、金貨の単位は両、分(ぶ)、朱(しゅ)があり、銀貨の単位は貫、匁(もんめ)、分(ふん)、銅貨の単位には文(もん)が定められた。明治時代からは円が採用されており、円の補助単位として、銭(せん)、厘(りん)がある。 銭の孔にひもを通してまとめたものを緡銭(さしぜに)と呼び、約100枚の緡銭が連、連が10個で1貫文となる。貫とほぼ同じものとして、約1000枚の緡銭を表す結がある。硬貨の流通が不足した時代には、省陌や短陌と呼ばれる方法で数えた。これは100枚未満の銭を100文の価値があるとみなす方法である。同様の習慣は中国やベトナムにもあり、日本では8世紀から中世までは銭97枚を100文として数え、16世紀には96枚になって九六銭と呼ばれた。省陌を用いずに100枚で100文と数える方法を調陌(ちょうはく)や丁陌と呼んだ。長屋王の邸宅跡から97枚の和同開珎が発掘されており、最古の短陌の可能性がある。
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貨幣の単位
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 06:42 UTC 版)
貨幣の名称は、重量単位を由来とする貨幣(五銖銭など)から、象徴的な意味をもつ貨幣(開元通宝など)に移り、皇帝の治世に関わる年号銭(永楽通宝など)へと変化していった。唐の開元通宝から王朝や年号を刻銘にした貨幣に変わっていき、貨幣単位は銭から文へと移っていった。現在中国で採用されている単位は元(圓)であり、日本の円や大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国のウォンと同じく、かつて世界的に流通した貿易銀に由来する名称である。そのほかに陌・貫・両などの単位があり、同じ単位でも時代や国家によって重量が異なった。たとえば秦の1銖は約0.67グラムだが、唐の1銖は1.55グラムだった。重量を計って使う秤量貨幣については、各王朝で計量用の天秤と分銅が定められた。秦の法律である金布律では、金計量用の分銅は半銖(0.325グラム)以上の誤差は罰せられた。 銭の孔にひもを通してまとめたものを省陌や短陌と呼ばれる方法で数えた。これは100枚未満の銭を100文の価値があるとみなす方法であり、同様の習慣は日本やベトナム等にも広まった。省陌を用いずに100枚で100文と数える方法を調陌(ちょうはく)や丁陌と呼んだ。省陌や短陌は、宋の紙幣などにも使われた。
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