計画的化学療法の実施
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/20 20:50 UTC 版)
化学療法を行う上で、耐性獲得を防ぐためにもっとも理想的なことは、その病原体に対してのみ著効を示す薬剤を単独で投与し、短期間のうちに治療することである。問題となった病原体が耐性を獲得する前に速やかに排除するとともに、病原体以外の常在微生物などが耐性を獲得する機会も最低限にとどめることが可能だからである。このため (1) MICができるだけ小さく(=その病原体への効果が強く)、(2) 抗菌スペクトルが狭い(=その病原体に特異的で、他の微生物に対する影響が少ない)、薬剤を選択することが望ましい。 しかし、これを実施する上では二つの大きな障害がある。一つは疾患の初期段階の場合、もう一つは慢性疾患の場合である。 まず、疾患が発生した初期の段階では有効な治療薬が特定できないケースが多々ある。特に「著効を示す薬剤」を特定するためには、原因となった病原体を分離・純粋培養した後で、薬剤感受性試験を行う必要があるが、この作業には少なくとも2 - 3日を要する。この間、患者に何の治療も施さずに放置することは、患者の生命、健康を害することになる。 従って初期治療の段階では、症候や短時間で得られる検査知見から、病原体の候補を推定し、それが複数考えられる場合などには、どのケースであっても治療上の有効性が高い治療法(いわゆるエンピリック治療)が採用される。このような場合、複数の病原体候補に対して有効な、抗菌スペクトルの広い薬剤が選択されることがある。ただしこのようなケースでも、病原体の分離と薬剤感受性試験を治療と並行して進めておき、有効な薬剤が判明した後に投薬の必要がある場合には、途中でその薬剤に切り替える。 また、HIV感染症や結核、あるいはがんなどの慢性疾患の場合、病原体が宿主に潜伏感染しているなどの要因によって、有効な薬剤であっても短期間の投与では十分に排除が行えず、長期にわたる投与が必要になる。 このような場合には、病原体や常在微生物などが耐性を獲得する機会が多いため、 作用メカニズムが異なる複数の薬剤を併用(多剤併用)し、 計画にそった服薬を徹底する ことが重要である。 多剤併用を行った場合には、病原体が生き残るためには、使用中のすべての薬剤に対して同時に耐性を獲得する必要があるため、その出現を効果的に抑制できる。ただし投薬が複雑になる分、薬剤の副作用の出現や他の薬剤との組み合わせなどに注意が必要となる。慢性疾患の治療では特に服薬の管理が重要であり、治療の途中で服薬を中断したり、また症状の悪化に伴って再開したりということが行われると、耐性病原体の出現する危険性が極めて高くなる。このため服薬コンプライアンスの重要性が指摘されている。 またエイズや結核患者の多い開発途上国では、服薬による治療という概念が十分に理解されていなかったり、場合によっては支給された薬剤を換金する事例も存在することが、耐性病原体が蔓延する危険性を高めているとも考えられている。このため、世界保健機関がDOTS戦略(直接監視下の短期間の薬剤治療)を推進するなど、服薬コンプライアンス改善のための対策が行われている。
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