補償の要否
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/06 23:14 UTC 版)
損失補償制度は、国家の適法な侵害に対して、公平負担の理念からその損失を補填する制度であるから、その損失は公平に反する場合(「特別の犠牲」に当たるとき)でなければならない。 財産権の侵害に対する補償の基準は、財産権の規制内容についての二重の基準に対応する。 財産権に対する内在的制約ないし消極的目的での規制による場合には原則として損失補償を必要としない。ただし、財産権の本質を奪うような場合や特定人に対して特別に財産上の犠牲を強いることになる場合には補償が必要となる場合がある。 財産権に対する政策的制約ないし積極的目的での規制による場合には原則として損失補償を必要とする。ただし、財産権に対する侵害が軽微な場合ないし一般的なものである場合には補償を必要としない場合がある。 ただし、警察制限(公共の安全・秩序の維持という消極目的のための制限)に対しては補償は不要であり、公用制限(公共の福祉の増進という積極目的のための制限)には補償が必要であるとする二区分論に対しては、基準としての効用は必ずしも大きくなく、制限の態様によっては、警察制限か公用制限かのいずれかに割り切ることのできない場合があるという指摘もある。 補償の要否については、利用規制の態様、原因、損失の程度、社会通念について総合的に判断することが求められる。 財産権の制限の程度が絶対的に弱く公共の利益の確保が大きい場合には補償は認められない。鉱業法第64条の規定によって鉱業権の行使が制限された場合に損失補償を不要とした判例がある(最判昭和57・2・5民集36巻2号127頁)。 財産権の側に規制を受けるような原因が存する場合には補償は認められない。消防法第29条第1項は「消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」と定めているが、この規定には損失補償の定めはない。 これに対して消防法第29条第3項は「消防長若しくは消防署長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、消火若しくは延焼の防止又は人命の救助のために緊急の必要があるときは、前二項に規定する消防対象物及び土地以外の消防対象物及び土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。この場合においては、そのために損害を受けた者からその損失の補償の要求があるときは、時価により、その損失を補償するものとする。」と定めており、これらの措置については損失補償が必要である。 財産の価値が消滅しているときには、その剝奪に際しても補償を必要としない。消防法第29条第2項は「消防長若しくは消防署長又は消防本部を置かない市町村においては消防団の長は、火勢、気象の状況その他周囲の事情から合理的に判断して延焼防止のためやむを得ないと認めるときは、延焼の虞がある消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」と定めているが、この措置については損失補償の必要はない。 食品衛生法第54条は病原菌に侵された食品等の廃棄を定めているが、この措置についても損失補償の必要はない。 なお、対象物の危険性に着目して補償の要否が判断される場合もある(状態責任)。ガソリンタンクはその危険性から道路等から一定の距離を置いて設置することが法令で定められているが(消防法第10条第4項)、道路拡幅工事によって移転を余儀なくされた場合には移転費用の負担が問題となる。判例は「道路工事の施行によって警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至ったものにすぎず、このような損失は、道路法七〇条一項の定める補償の対象には属しないものというべきである。」と判示して損失補償を否定している(最判昭和58・2・18民集37巻1号59頁)。
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