花郎が登場する作品と史実との違い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/07 03:45 UTC 版)
「花郎」の記事における「花郎が登場する作品と史実との違い」の解説
善徳女王(2009年、MBC) 花郎(2016年、KBS) 花郎が登場する作品は、実際の花郎の史実とはかけ離れていることを指摘する意見がある。宮脇淳子は、「(『善徳女王』は)花郎たちが繰り広げる戦闘シーンも、このドラマの見せ場のひとつで、ふんだんに盛り込まれています。城を落とすシーンなどは、なかなか迫力ある演出でした。しかしながら、あれは真実の韓国史ではありません。新羅と百済と高句麗は戦ったかもしれないけれども、まずどう戦ったか甚だ疑問です。それこそ小競り合いばっかりで、本格的な戦争をしていない。だいたい、日本の飛鳥時代に相当する時代に、あんなに堅固な城壁があるはずもないし、ローマ軍のような装備もあったとは思えません。再三言いますが、服装がまずウソです。百歩譲って花郎のレインボーカラーの制服はエンターテインメントとして許すとしても、兵隊たちがやたらと立派な弓矢に鎧を身につけているのは見過ごせません。朝鮮半島の南半分、さらにその東半分の国土しかない新羅にそんな立派な軍隊がつくれますか。後述しますが、1000年後の李氏朝鮮時代ですら鎧を紙でつくっているような国なのですから(清の『満文老檔(中国語版)』に記載があります)。任那に製鉄技術があったからといって、高度な工作技術や、一兵士にまで軍刀を支給するほど大量生産できる工業力があるはずもありません。将軍たちはともかく、あんな下っ端の兵隊が鎧やら兜やらを支給されるはずはないのです」「(花郎は)その後の時代になると、だんだんとその意味するものが変質してゆき、遊女、あるいは舞童、役者、男巫などが花郎と呼ばれるようになります。つまり、化粧をした、いわゆる中性的な男というようなイメージになるわけです。そこから推察しても、おそらくは当初から、ドラマ(『善徳女王』)に出てきたような勇ましい軍事組織ではなかっただろうと考えられます。花郎が戦士集団であるかのように、そのイメージを上げようという風潮は、戦後に始まったようです。民族主義者の李承晩大統領が『花郎道』なるものを盛んに喧伝して、愛国心を駆り立てて国家建設の原動力としたのです。おそらくは日本統治時代に日本の『武士道』に接して、羨ましいと思ったのではないでしょうか。それは結構ですが、現在では日本の武士の源流は花郎にあるなどと言い出す始末で、剣道や合気道が花郎の武術から発生したものだというのですから困ったものです」と指摘している。
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