肩こり
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肩こり(肩凝り、かたこり)とは、症候名のひとつであり、主に僧帽筋に起こる症状[1]。肩こりは漠然とした症状名であり、肩だけでなく、実際には首周りも凝っていることが多い。「肩が張る」とも言う。
日本人に多い症状である。
概説
項頸部から僧帽筋エリアの諸筋に生じる主観的に詰まったような、こわばった感じや不快感・こり感・重苦しさや痛みにいたる症候の総称である。頭痛、吐き気を伴うことがある[1]。頸肩腕症候群の初期症状である場合がある。
日本語では「肩こり」という名称で「肩」を指す表現が用いられているが、愁訴の部位は多くの場合が項頸部から僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋などであり、三角筋が痛む場合は別に原因がある可能性が高い。 日本人には肩こりの症状を訴える人が多い。 日本の厚生労働省による国民生活基礎調査(2015年度)における有訴者率で男性の2位、女性の1位を占める症状である(男性の1位、女性の2位は共に腰痛)。
日本人は、欧米人に比べると筋肉量が少ないことや骨格が悪いことや、頻繁にお辞儀をすることや畳に脚を折りたたんで座る座姿勢を当然視したことが原因で猫背(hunched back)つまり頭部が背骨より前に位置するような悪い姿勢をとる人が多く[2]、日本人の7割もが猫背だとも言われ[3]、猫背は肩周りの筋肉に常に余計な負荷をかけつづけるので肩こりになる人が多い(一方、欧米人は、基本的にお辞儀はしないし、椅子に座るときも立っている時も、常に背骨の真上に頭部がくる姿勢でいる習慣が一般的なので、ほとんど誰も肩こりにならない。なお、日本人でも欧米暮らしが長くて欧米流の姿勢(頭部が常に背骨の真上にくる美しい姿勢)をとることが習慣になっている人は、ほとんどまったく肩こりにならない。
ちなみにアメリカ合衆国では、学校の生徒のうち猫背(背中を丸めた姿勢)になっているのは、わずか8%以下にすぎない[4]。アメリカ人でも年齢が60歳を超えるとやや猫背の人が増えるが、それでも、せいぜい20%~40%にすぎない[4]。 (アメリカ人のわずか8%以下が猫背なのと、日本人が若いうちから約7割(約70%)が猫背なのとは、明らかに大きな違いがある。日本人は高齢者になるとさらに猫背の割合が増える。[注釈 1])ちなみにフランス人は、家庭や学校で正しい姿勢について教えるので、アメリカ人よりも姿勢が良い傾向があり、猫背の割合はさらに低い。
人間の頭部(頭蓋骨と脳と顔の筋肉など)の重量は体重の10% 前後だと言われており(資料による。8%~12%の範囲の数字が挙げられることが一般的)、たとえば10%だとすると体重60 kgの人ならば頭部は6 kgほどになり、これはボーリングの球とほぼ同じである[5]。つまり頭部というのはそれくらい重いものである。欧米人のように姿勢が良くて、頭部が背骨の真上でバランスがとれていれば、背骨が頭部のほぼすべての重量を支えてくれる(つまり、肩周りの筋肉はほとんど使わずに済む。だから肩こりにならない)。ところが猫背姿勢の日本人の場合、頭部が背骨の前に位置してしまうので、肩周りの筋肉が頭部の重みを支え続けなければならず、半日もすれば筋肉の機能も限界に達し、肩付近の筋肉に不快感や痛みを感じる。すなわち肩こりになってしまう。
ただでさえ猫背になりがちで肩こりになりがちな7割の日本人が、スマートフォンの小さな画面を長時間のぞき込むために普段よりもさらに頭を前に傾けたり、デスクワークなどでノートパソコンの画面を覗き込むために普段よりも頭を前に傾ける姿勢を続けていると、肩こりの症状が悪化しやすい。
肩もみ、肩のマッサージなどをして症状を改善しようとしている人も多い。だが、肩もみやマッサージは対症療法である。もし対症療法ではなく、原因療法をしたければ、根本原因となっている猫背姿勢を正すべきである。すなわち頭部が背骨の真上でバランスをとれるような姿勢に常になるよう、本人が意識的に姿勢を正さなければならない。 (日本人の7割ほどが猫背姿勢で、あまりに猫背姿勢の人が多くて猫背姿勢を当然視するせいで、自分の猫背が原因で肩こりになっているということに気づいていない人も多く、「原因不明だ」などと言ってしまっていることが多い。)
なお、近視になったのに近視用メガネをつけなかったり、たとえば大学卒業後などに近視の症状が一層悪化したのに自覚が無く度数の合わないメガネをしつづけたりすると、どうしても文字にピントをあわせるために画面や本を近くで見ようとして頭部を前に傾けがちになるので、肩こりの症状は悪化しがちになる。その場合は、眼鏡店で自分の近視の程度と度数が正しく合ったメガネを作ってもらうことで、頭部を前に傾けないでも文字が読めるようになり、肩こりの症状の改善へとつながる。
英語ではstiff neck「堅い・ぎこちない-首」neck pain「首の痛み」、stiff shoulderなどが「肩こり」を表現する語になるが、英語stiff shoulders、フランス語Épaules raides(肩の硬直)cervicalgie(頸痛)、ドイツ語Steife Schultern(硬直-肩の)などは医療面では五十肩や腱板損傷、頸椎外傷などを含んだより重篤な「肩の症状」を指しており、愁訴の表現として「緊張して肩が凝った」「デスク作業ばかりで肩が凝った」というニュアンスを表す表現がそもそも存在しない。立教大学の沢田直によればフランス語には「肩こり」に相当する語はないと言う[6]。用語が存在しないことからも分かるように、フランス人は基本的に肩こりをおこさない。家庭でも学校でも、正しい姿勢に関する教育がされているので、猫背の人々が基本的にいない。日本のドラマや映画では"肩もみ"をするシーンが頻繁に登場するのに対し、欧米のドラマや映画の日常生活を描く場面で誰も"肩もみ"をしていないのは、そもそも、普段から正しい姿勢をとる習慣が浸透しており肩こりを起こす人がいないからである。例外的に起こす人がいる場合は、しかたないので、より広範囲の症状を指すen:Work-related musculoskeletal disorders(WMSDs)の一症状として処置されることになる。

ただし、200X年代に起きたノートパソコンの普及や2010年代に起きたスマートフォンの爆発的普及により欧米でも、スマートフォンの小さな画面を見つめるために猫背姿勢を長時間とる人々が急増し(欧米人でも、日本人とほとんど差が無いくらいに姿勢の悪い人々が増え)その結果、肩こりに悩まされる人々が急増しており、米国では「IHunch」(アイハンチ、hunchは猫背のこと、いつもアイフォンを猫背で見ていることから命名されたと考えられている)「text neck」(スマホ首)「tech neck」などと表記され、ヨーロッパでも「tech neck」などのアメリカ英語をそのまま使うようになった。
中国人の姿勢は、昔から日本人同様に猫背姿勢の人々も多く、同様の症状に悩まされている人も多いらしく、中国語では肩膀僵硬と表現し日本語とおなじ症状を示すさいに利用されている。
原因
一般的な原因と、特殊な原因がある。
一般的な原因としては、 長時間、首や背中が緊張するような姿勢をとり続けたり、猫背、前かがみなどの姿勢の悪さ、ショルダーバッグ、冷房などが原因とされる[1]。それらが原因で頭や腕を支える僧帽筋やその周辺の筋肉(肩甲挙筋・上後鋸筋・菱形筋群・板状筋・脊柱起立筋)の持続的緊張によって筋肉が硬くなり、局所に循環障害が起こる。それによって酸素や栄養分が末端まで届かず、疲労物質が蓄積しこれが刺激となって肩こりを起こすと考えられている。
ただし、筋肉を包む筋膜に出来る皺(しわ)が原因となる場合もあることが、最近分かってきた。こちらは原発性肩こりと言われる。それに対し、症候性肩こりと言われる肩こりがある。ある疾患によって起こる肩こりであり、頚椎性、心因性、眼疾患、肩関節疾患、心肺疾患、歯や顎関節疾患、耳鼻科疾患による場合などがある。
症状
- 僧帽筋エリア(特に肩上部)の局部の圧痛から始まる。僧帽筋は肩上部では厚みがあり、それも肩こりの大きな一因となっている。
- 進行すると圧痛点やこりを感じる部位が拡大する。
- 筋肉の持続的緊張により圧痛部位が拡大し、深層筋(肩甲挙筋・棘上筋・菱形筋・脊柱起立筋群・上後鋸筋)にまで凝りが拡大すると「芯が凝ったような凝り」として感じられ、筋肉がこわばり、重苦しさを感じるようになる。
- 重苦しさを放置すると痛みを感じるようになり(「首筋まで痛い」「凝りすぎて背中が痛くて眠れない」)、進行すると緊張性頭痛や顔面・上肢の関連痛が生じるようになる。
診断
治療
- 薬物療法
- 消炎鎮痛剤(内服または外用)・筋弛緩剤・抗不安剤などが用いられる。この医薬品として代表的なものは湿布(サロンパス、トクホン)、エチゾラム(デパス®)などがある。
- 症状の強いときは圧痛点(トリガー・ポイント)注射や神経ブロックも行われる。
- 理学療法
- 鍼灸・各種手技療法・運動療法・吸玉、カッピング療法・瀉血療法・マッサージ・ストレッチ・温熱療法・水治療法・電気療法などが行われる。
- たすき掛けが肩こりの症状を緩和する可能性が示唆されている[7]。
言語文化と「肩こり」
- 「肩が凝る」という言葉は、夏目漱石による造語との説[注 1]があり[注 2]、さらに、それ以前はいわゆる肩こりの症状を特に指す用語は日本語になく、漱石が「肩こり」という言葉を造って、その症状を自覚するようになったとの言説がある[8][9]。
- しかしながら、『門』の発表とほぼ同時期には、「肩が凝る」を現代語と同じ用法で使用している例[注 3]は見られるし、それ以前より、「痃癖(けんべき)の凝り」といった表現が見られるため、この表現の源流を漱石のみに帰するのは疑問がある。
- また、『それ以前はいわゆる肩こりの症状を特に指す用語は日本語にない』なる言説は、『門』以前にも樋口一葉が「肩が張る」と言う表現を用いており、また、そもそも、1686年には、当時の医学書『病名彙解』において「痃癖(けんべき)」として紹介されており[10]、その俗語が「うちかた」であるとの記述があって、妥当とはいえない。従って「肩こり」と言う言葉が生まれたゆえ、その症状を自覚するようになったと言説は、正確性を欠く。肩こりや腰痛は古くから鍼灸治療の対象であった。
- 日本語においては、疲労などを原因とする頚部周辺の不快感や痛みを、単純に「肩こり」と言い表せるために、社会的に認知・対処法への関心が共有されているとも考えられており、逆にそのような言葉がない言語文化圏にはそもそも「肩こり」はない、と指摘されている[11]。
念の為に言っておくと、フランス語ではあらゆる病的症状に名称が全く無いわけではない。当然のことながら、さまざまな症状に対してさまざまな症状名が与えられている。たとえば、「脚が重い」という症状の場合はfr:jambes lourdes(ジャンブ・ルルド。重い脚)という症状名があり、これはともかく両脚が重く感ぜられてうまく動かない症状を漠然と指すための症状名である(原因は、疲労過多や血行不良などさまざま。ともかく主観的に両脚が重い、と感じられる症状を「ジャンブ・ルルド」と呼んでいる。これを見ても分かるように、フランス語でもさまざまな症状に対して様々な症状名が昔からあるのに、「肩こり」に限って症状名が存在していないのは、やはり、家庭や学校で正しい姿勢をとるように教育がされており、正しい姿勢がフランス人に根付いているので、そもそも肩こりになる人がほぼいないので、症状名も存在せず、だから日本語の「肩こり」をフランス語に翻訳することもほぼ不可能なのである。
脚注
注釈
- ^ 『門』(1910年新聞掲載)の以下の箇所が初出とされる。
「もう少し後の方」と御米が訴えるように云った。宗助の手が御米の思う所へ落ちつくまでには、二度も三度もそこここと位置を易えなければならなかった。指で圧してみると、頸と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石のように凝っていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ。 — 夏目漱石、門
- ^ “肩こりのクスリ”. メディカルα. BS-TBS. 2022年3月29日閲覧。,
“遂に発見!肩こりの謎”. 必見! 目がテン!?ライブラリー. 日本テレビ (1997年6月1日). 2022年3月29日閲覧。,
週刊現代編集部 (2019年3月9日). “「肩こり」という言葉を広めたのは誰か、ご存じですか?”. 現代ビジネス. 講談社. 2022年3月29日閲覧。など。 - ^
一體唐は詩賦文章の時代で、經學の如き肩の凝るものは嫌ひであつた。 — 狩野直喜、『日本國見在書目録に就いて』(1910年)
- ^ なお、日本人の大半は欧米暮らしをしたことがなく、日本国内で眼にする日本人の悪い姿勢、すなわち猫背姿勢が"世界の標準"だと錯覚している傾向がある。その結果、海外暮らしをしたことがない田舎の日本人に向かって、欧米人の間では猫背の人はほとんどいない、という事実や、肩こりがほぼ存在しない、という厳然たる事実を言葉で提示しても、それを信じられず「嘘でしょ?」や「それはきっと、笑い話でしょ?」などという反応を示す。それくらい、日本国内と海外では現実が異なっている。別世界なのである。
出典
- ^ a b c 公益社団法人 日本整形外科学会「肩こり」
- ^ “Why are so many elderly Japanese women hunchbacked?”. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “日本人に多い猫背姿勢について”. 2025年8月21日閲覧。
- ^ a b “What is kyphosis?”. 2025年8月21日閲覧。
- ^ “頭の重さはボーリングの球と同じ?!”. 2025年8月21日閲覧。
- ^ 沢田直「語学と文学に触れることで見えてくる「新しい自分」」立教大学文学部大学院文学研究科[1]
- ^ Furukawa, Yuki. “Tasuki for neck pain: An individually-randomized, open-label, waiting-list-controlled trial” (英語). Journal of Occupational Health n/a (n/a). doi:10.1002/1348-9585.12097. ISSN 1348-9585 .
- ^ “肩こりの歴史”. ロイヒシリーズ. ニチバン株式会社. 2023年9月14日閲覧。
- ^ 室月淳 (2023年12月13日). “【産科医のひとりごと】(3)肩こり 日本人だけの病”. 読売新聞オンライン. 読売新聞社. 2025年1月1日閲覧。
- ^ 「痃癖(けんべき) 俗にうちかたと云(いえ)り項肩(こうけん、首の後ろから肩にかけての部位)の強急(きょうきゅう、性急)する事或(ある)の日拳(こぶし)を以て肩をうつときはこころよき故に打肩(うちかた)と云り又其の病肩(かた)の内に発する故内肩(うちかた)と云り世俗に肩(かた)のみあるように思(おもう)はあやまれり癖疾の発する定る所なし多くは是脇腹の中なり」とある。病名彙解巻5(早稲田大学蔵書目録)[2]
- ^ 矢野忠「「肩こり」とその背景」『全日本鍼灸学会雑誌』第46巻第2号、全日本鍼灸学会、1996年、91-95頁、 CRID 1390282679520824960、doi:10.3777/jjsam.46.91、 ISSN 0285-9955。
関連項目
外部リンク
「肩凝り」の例文・使い方・用例・文例
- 肩凝りという症状
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