りゅうたい‐クラッチ〔リウタイ‐〕【流体クラッチ】
読み方:りゅうたいくらっち
⇒流体継手
流体継手
(流体クラッチ から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/23 06:29 UTC 版)
流体継手(りゅうたいつぎて)とは、流体を介して回転運動の伝達を行うクラッチの一種である。 流体クラッチとも言い、ドイツのヴルカン造船所で開発された方式が普及した。日本ではフルカン継手とも呼ばれる。
また、トルクコンバータは流体の運動エネルギーを回生してトルクを増幅する機構を持った流体継手の発展型である。
仕組・特徴

オイルで満たされた密閉容器の中に二つの羽根車が対峙しており、それぞれが入力軸と出力軸に連結されている。入力側羽根車をポンプインペラー、出力側羽根車をランナーと呼んで区別することもある。オイルが循環できるような流路を備えており、入力側の回転がオイルの流動を生み、それが出力側を回転させることでトルクの伝達を行う。摩擦などの損失がない理想的な場合を考えると入力側と出力側のトルクは等しくなる。一方、動力伝達のために出力側回転数は入力側回転数より減少する(入力側回転数を
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流体クラッチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/04 14:30 UTC 版)
「国鉄キハ44500形気動車」の記事における「流体クラッチ」の解説
太平洋戦争以前の日本において、気動車の動力伝達手段は機械式がほとんどを占め、2両以上の車両を先頭車から一括して遠隔制御する「総括制御」は不可能であった。 これを克服する目的で、1930年以降電気式気動車の研究が進められたが、「エンジン→発電機→モーター→車軸」と多段階を踏む方式であるため、一般に重量過大かつ高コストになりがちな問題があった。このため、1930年代の日本では試行的な少数例を見るのみに終わっている。 流体接手(フルード・カップリング fluid coupling)は、1905年にドイツのフルカン造船所で、ヘルマン・フェッティンガー(Hermann Foettinger 1877 - 1945)により、蒸気タービン機関の減速用に開発された。 密閉されたケース内で羽根車2組を向き合わせて液体(フルード)を満たす。入力側の羽根車(ポンプインペラー)を回転させると、出力側羽根車(タービンランナー)も液体の流動によって回転する。いったん液体を介して動力を伝えるため、動力源の回転ムラや急激な起動などがあっても、安定した出力が得られる。この場合、トルクは増大しない。 ほどなく流体接手を発展させて考案されたのがトルクコンバーター torque converter である。流体接手の内部に「ステーター」と呼ばれる補助羽根車を加えた構造で、入力によって生ずるフルードの流動がステーターによってより強められ、結果としてトルク増大効果を生じさせる(高速域ではフルード・カップリングと同様の動作となる)。 これらを総称して「流体クラッチ」と呼ぶこともある。 流体クラッチは鉄道車両にも使用可能な技術であり、1920年代以降にドイツで研究が始められた。流体クラッチ単体の場合、そのまま変速機の代用とするには出力損失が大きく、かなりの部分がフルードの熱に変換されて損失となる。このため、入力した駆動力全てを出力として取り出せず、トータルの伝達効率は80%台に過ぎない。 1930年代以降、ドイツを初めとするヨーロッパ各国に流体クラッチ使用のディーゼル機関車や気動車が出現するが、それらは大出力エンジンを搭載して出力損失に目をつぶるか、さもなくば直結クラッチの併用や変速機との組み合わせで流体クラッチによる損失を減らす努力をしていた。これらの中には総括制御可能なものも含まれていた。
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