東部戦線決着への試みとは? わかりやすく解説

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東部戦線決着への試み

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 09:07 UTC 版)

第一次世界大戦」の記事における「東部戦線決着への試み」の解説

東部戦線において、ドイツ軍新しく到着したドイツ第10軍英語版)の助力2月7日から22日までの第二次マズーリ湖攻勢勝利ロシア軍をようやく東プロイセンから撤退させた。 1914年11月パウル・フォン・ヒンデンブルクとエーリッヒ・フォン・ルーデンドルフが東部戦線ドイツ軍総指揮官に任命され以降2人東部戦線決着目指した。ドイツ目的ロシア弱らせることによって、連合国同盟解体準備しようとした。当時東部戦線ロシアガリツィア全体占領している状態であり、単独講和できる状態にないため、軍事上の圧力をかけることによってロシアへ圧力を増すことと、中立国、特にバルカン諸国良い印象与えることができると考えられた。さらに、イタリア参戦してくる恐れがあったためオーストリア=ハンガリー戦略的危機に陥っていた。ロシア軍カルパティア山脈冬季戦役ドイツ語版)を有利に進めており、イタリア参戦するオーストリア=ハンガリー軍はイゾンツォ川カルパティア山脈の間で挟み撃ちにされる形になり、オーストリア=ハンガリー帝国終焉意味するほどの危機となる。そこで考えられるのが、西ガリツィアからサン川方面突破してロシア軍カルパティア山脈からの撤退を迫る(撤退しなければドイツとオーストリア=ハンガリー挟み撃ちを受ける)ことだった。この戦略実行に移すため、1915年春にアウグスト・フォン・マッケンゼン率いドイツ第11軍英語版)が西部戦線から東部戦線に転配された。5月1日から10日まで、クラクフの東でゴルリッツ=タルヌフ攻勢が行われた。この攻勢において、ドイツとオーストリア=ハンガリー第4軍英語版)は予想外に善戦してロシア陣地深く侵入5月中旬にはサン川までたどり着いた。この戦闘東部戦線変わり目だったが、オーストリア=ハンガリー開戦から1915年3月まで約200万人損害出しており、ドイツ援助段々と依存するようになった6月中央同盟国ゴルリッツ=タルヌフ攻勢続いてブク攻勢ドイツ語版)を開始した6月4日プシェムィシルを、22日レンベルクを再占領した後、ロシアポーランド突起部(英語版)を作ることが可能のように見えた。南と北とで共同して攻撃仕掛けることで、ロシア軍包囲するという計画ドイツ高司令部(実際に計画立てたのはルーデンドルフだった)から示されたが、ファルケンハインマッケンゼンマルヌ会戦惨状見てルーデンドルフ計画野心的すぎるとしてそれを縮小させた。6月29日から9月30日までのブク攻勢7月13日から8月24日までのナレフ攻勢ドイツ語版)はロシア大部隊を包囲するには至らなかったが、ロシア軍ポーランドリトアニア、そしてクールラント大半からの大撤退を強いることができた。大撤退結果ロシア軍前線が1,600kmから1,000kmに短縮された。中央同盟国9月までにワルシャワ8月4日)、ブレスト=リトフスクヴィリニュスなど重要な都市続々占領したロシアポーランドではルブリン首都とするオーストリアルブリン総督府ドイツ語版)とワルシャワ首都とするドイツポーランド総督府英語版)が成立中でもドイツ東部占領地英語版)では経済的搾取を行う占領政策がとられた。9月末、ルーデンドルフ率いドイツ第10軍英語版)がミンスクに、オーストリア=ハンガリー軍がリウネ進軍しようとした失敗した損害ではロシア軍の方が上だったが、1915年9月大撤退終結した後で数的優位維持したため、ドイツ軍大半西部戦線に移すという計画実施できなかった。

※この「東部戦線決着への試み」の解説は、「第一次世界大戦」の解説の一部です。
「東部戦線決着への試み」を含む「第一次世界大戦」の記事については、「第一次世界大戦」の概要を参照ください。

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