東松6号船団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/12 22:34 UTC 版)
東松6号船団は、輸送船18隻と乙直接護衛部隊の護衛艦12隻で編成され、第7護衛船団司令部(司令官:松山光治少将)が指揮した。第7護衛船団司令部では、往路を松6号船団、復路を東松06船団と呼んでいる。乗船部隊は、トラック島空襲時に海没した第52師団歩兵第150連隊の補充要員などであった。東松6号船団は船団速力8.5ノットで、4月15日に東京湾を出発した。17日に駆逐艦卯月が通りがかった機帆船と衝突事故を起こし、機帆船を沈没させるハプニングがあった。18日に父島行きの輸送船2隻を、敷設艇由利島と巨済の護衛で分離した。船団本隊は23日朝に無事にサイパンへ到着し、その他の行き先の船もすべて無事に目的地へ到着した。 復路は輸送船14隻と護衛艦7隻で、4月27日にサイパン出港、5月4日に東京湾に無事に到着した。 なお本船団の航行中、アメリカの潜水艦ガジョンが付近で行方不明となっている。4月18日に本船団援護の第901航空隊の九六式陸上攻撃機が爆撃により撃沈した可能性が指摘されるほか、4月20日朝にも本船団直衛の第20号掃海艇と第6号海防艦が航空機と協同で対潜攻撃を行い効果甚大と報告している。
※この「東松6号船団」の解説は、「松輸送」の解説の一部です。
「東松6号船団」を含む「松輸送」の記事については、「松輸送」の概要を参照ください。
東松6号船団
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/12 22:34 UTC 版)
4月15日東京湾発、4月23日サイパン着。カロリン諸島行きの各船も無事に到着。
※この「東松6号船団」の解説は、「松輸送」の解説の一部です。
「東松6号船団」を含む「松輸送」の記事については、「松輸送」の概要を参照ください。
- 東松6号船団のページへのリンク