朝鮮総督府関係者の証言
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「日本統治時代の朝鮮人徴用」の記事における「朝鮮総督府関係者の証言」の解説
鎌田澤一郎の証言 宇垣一成が朝鮮総督を務めた時代(1927〜1936年)に政策顧問を務め、同時に韓国統監府の機関紙である京城日報社の社長も務めた鎌田澤一郎は著書『朝鮮新話』1950年において、南次郎が朝鮮総督であった時代(1936〜1942年)の労務者の強制的な徴募方法について、 もつともひどいのは労務の徴用である。戦争が次第に苛烈になるに従って、朝鮮にも志願兵制度が敷かれる一方、労務徴用者の割当が相当厳しくなつて来た。納得の上で応募させてゐたのでは、その予定数に仲々達しない。そこで郡とか面(村)とかの労務係が深夜や早暁、突如男手のある家の寝込みを襲ひ、或ひは田畑で働いてゐる最中に、トラックを廻して何げなくそれに乗せ、かくてそれらで集団を編成して、北海道や九州の炭鉱へ送り込み、その責を果たすといふ乱暴なことをした。但(ただ)総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけたのである。 と証言している。 ただし、鄭大均によれば、鎌田の証言は朴慶植など強制連行論者によく引用されてきたが、証言中の「総督がそれまで強行せよと命じたわけではないが、上司の鼻息を窺ふ朝鮮出身の末端の官吏や公吏がやつてのけた」という朝鮮人官僚が実行したという箇所について引用されることはまずないと指摘している。 朝鮮総督府に勤務し、戦後法務省入国管理局総務課で勤めた森田芳夫は、1939〜45年の労務動員について「日華事変以後の戦時体制下にあって、政府は、朝鮮人を集団的に日本内地に強制移住せしめる策をとった」と説明している。
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