日本における年表
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「モーターグレーダー」の記事における「日本における年表」の解説
1948年(昭和23年) - 日本開発機(現三井造船)からモータグレーダHA56が発売される。 1950年(昭和25年) - 池貝がディーゼルグレーダ2SK3型を発売。 1952年(昭和27年) - 東日本重工業がモータグレーダMGII、同年社名変更後、三菱日本重工としてモータグレーダMGIII、同年、日本開発機からモータグレーダHA46がそれぞれ発売される。 1953年(昭和28年) - 三菱日本重工からモータグレーダLGIIが発売される。
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日本における年表
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「メルセデス・ベンツ・W201」の記事における「日本における年表」の解説
1985年 - デビューから2年以上を要してようやく発売。当初から右ハンドル仕様も用意された。価格は535万円。 1986年 - 若干ギア比を変更、常用パターンにおいての加速が改善された。南イタリアのナルド・サーキットに於いて5万キロを平均速度247.939km/hで走行した2.3-16が発売。直列5気筒ディーゼルエンジンを搭載した190D 2.5を発売、190E同様5ナンバーである。ダイムラー/ベンツ1号車から100年を記念して特別仕様車を発売。 1987年 - 直列6気筒エンジンを搭載した190E 2.6を発売、熱対策のためか後期型のバンパーをいち早く採用していた。190Eに装備を簡略化したアンファング、高級化したコンプレットが加わり、アンファングは日本では教習車のベース車両として使われた。火薬法が改正され、ようやくエアバッグの認可が下りた。特別仕様車190Eエアバッグ・スペシャルを発売。 1988年 - マイナーチェンジ。ボディサイドにサッコプレートと通称されるプロテクトパネルが装着され、前後バンパーもデザインが変更され、エアバッグが装備された。また、ワイパーは伸縮式の「パノラマワイパー」となった。フロントシート形状も改良され、リアレッグスペースを拡大された。2.3-16をドイツツーリングカー選手権に投入。これに伴い2.3-16は排気量を拡大し2.5-16へ発展、2.3時代には選択できたマニュアルトランスミッション車が日本仕様から外された。 1989年 - 190E 2.6に右ハンドル車を用意。190Eおよび190E 2.6にスポーツライン登場、スポーツシートやリアスポイラーが装備された。 1990年 - 直列4気筒SOHCエンジンを搭載した190E 2.3を発売、右ハンドルのみの設定。190D 2.5ターボを発売、左ハンドルのみの設定。190D 2.5は右ハンドルのみの設定となった。 1992年 - アルミニウムホイールのデザイン変更。細かいところではドアミラーがカラードに。エアバッグやパワーシートが全車に標準装備された。
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