新貿易理論とは? わかりやすく解説

新貿易理論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/17 00:10 UTC 版)

ポール・クルーグマン
エルハナン・ヘルプマン

新貿易理論(しんぼうえきりろん、:The new trade theory)は、企業レベルの規模の経済がある独占的競争市場の理論モデルを基に構築された国際貿易理論のこと[1]ポール・クルーグマンエルハナン・ヘルプマン英語版らの貢献によって1970-80年代に理論体系として整い[2]、1990年代に盛んに研究された分野である。英語の頭文字をとってNTTと表現されることもある。

概要

リカード・モデルヘクシャー=オリーン・モデルのような伝統的な貿易理論では、国が比較優位のある産業の財を輸出し、比較劣位の産業の財を輸入するという産業間貿易を予測する。しかし、同一産業内の財を輸出し輸入する産業内貿易を説明することができない。そこで、比較優位によらない産業内貿易を説明する理論として新貿易理論が提案された。この理論の下では、国家間で発展レベル、産業構造、要素賦存などが同一であっても貿易が発生することを説明することができる[3]

新貿易理論のモデルでは、企業の生産に固定費用が存在することから、企業は生産を拡大して生産の平均費用を下げるインセンティブを持つ。したがって、輸出機会を与えられば輸出を行う。消費者は財のバラエティを多く消費することで効用水準が高まるような効用関数を持っており、貿易によってバラエティが増大することによる利益を得る[4]

萌芽

アビナッシュ・ディキシットによる規模の経済を組み込んだ貿易モデルは、国際貿易を説明する上で成功したと言える[5]。しかし、クルーグマンとヘルプマンは、独占的競争市場のモデルであるディキシット=スティグリッツ・モデル英語版を国際貿易の文脈で用いることで、規模の経済が貿易の源泉となることを示した。クルーグマンは、独占的競争の国際貿易への影響についてロバート・ソローに学んだが、その理論は「規模に関する収穫逓増」が貿易に与える影響は考慮していなかったと語っている[6]

自国市場効果

新貿易理論が、(規模の経済の他に)伝統的貿易モデルと異なる点は、貿易費用が存在することである[注 1][注 2]。貿易費用が存在すると、2国間で経済規模が異なるとき、企業はより大きな市場に低コストで販売できる大きい国に立地するインセンティブを持つ。したがって、企業はより大きい国にその国の国内需要を満たす以上に立地し、その産業の財の純輸出国になるという自国市場効果が発生する。

応用

新貿易理論のモデルでは、企業の市場への参入・退出の自由が仮定されることが多い。つまり、企業は立地選択の自由を持ち、国家間で利潤が等しくなるように企業の数が調整される。例えば、自国が外国市場で直面する関税率を一定とした下で、自国が外国財への関税を上昇させると、自国に企業が集積することになる[7]。この関税の新貿易理論的側面がGATTWTOの交渉に与える影響について考察されている。国家間で異なる環境規制を設定することが、企業の立地に影響することで汚染物質の排出にどう影響するかも考察されている[8]

検証

産業内貿易がどれくらい行われているかを測る指数であるグルーベル=ロイド指数を用いて、産業内貿易が広く行われていることが示されている[9]。つまり、新貿易理論が示唆するようなメカニズムで貿易が起こっていることが示唆される。

問題点と克服

新貿易理論のモデルでは企業は同質的であると仮定され、(同一の国内の)すべての企業が同じ行動をとる。つまり、開放経済ではすべての国が輸出を行う。この理論的予測は、実際に輸出をするのはほんの一部の企業であるという実証的事実と整合的でない。マーク・メリッツによって提示された異質的企業の貿易モデルでは、その実証的事実を整合的な理論的予測を得ることができる[10]。これが2000年代以降の新々貿易理論の隆盛をもたらす[11][12]

注釈

脚注

  1. ^ 伝統的貿易モデルでは完全なる閉鎖経済と完全なる自由貿易下を比較することで貿易の影響を考察していた。
  2. ^ クルーグマンの1979年の論文では対称的な2国を完全に統合させることで国際貿易の影響を考察していたが[3]、クルーグマンの1980年の論文では氷塊型貿易費用(iceberg trade costs)が導入され、輸出した財の一部しか相手国に到着しないようなモデル化がされている[4]

出典

  1. ^ 田中, 鮎夢(2010)国際貿易と貿易政策研究メモ: 第2回「新貿易理論」独立行政法人経済産業研究所。
  2. ^ Kruguman, Paul; Helpman, Elhanan (1985) Market Structure and Foreign Trade Increasing Returns, Imperfect Competition, and the International Economy. MIT Press, Cambridge, MA, USA.
  3. ^ a b Krugman, Paul (1979) "Increasing returns, monopolistic competition, and international trade." Journal of International Economics, 9(4): 469-479.
  4. ^ a b Krugman, Paul (1980) "Scale economies, product differentiation, and the pattern of trade." American Economic Review, 70(5): 950-959.
  5. ^ Dixit, Avinash; Norman, Victor (1980). Theory of International Trade: A Dual, General Equilibrium Approach. Cambridge University Press. ISBN 0-521-29969-1 
  6. ^ Krugman, Paul (1996) "How to be a crazy economist." In: Foundations of Research in Economics: How do Economists do Economics? Edited by S. Medema and W. Samuels. Edward Elgar Pub.
  7. ^ Ossa, Ralph (2011) "A “new trade” theory of GATT/WTO negotiations." Journal of Political Economy, 119(1): 122-152.
  8. ^ Ishikawa, Jota; Okubo, Toshihiro (2011) "Environmental product standards in north–south trade." Review of Development Economics, 15(3): 453-473.
  9. ^ Greenaway, David; Milner, Chris (1986) The Economics of Intra-Industry Trade. Blackwell Pub.
  10. ^ Melitz, Marc (2003) "The Impact of Trade on Intra-Industry Reallocations and Aggregate Industry Productivity." Econometrica. 71(6): 1695-1725.
  11. ^ 田中, 鮎夢(2010)国際貿易と貿易政策研究メモ: 「新々貿易理論とは何か?」独立行政法人経済産業研究所。
  12. ^ 石瀬, 寛和(2013)「国際貿易論の近年の進展:異質的企業の貿易行動に関する理論と実証」 金融研究, 32(2): 1-62。

関連項目

  • ディキシット=スティグリッツ・モデル英語版
  • 国際貿易における独占的競争英語版

新貿易理論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 15:41 UTC 版)

貿易」の記事における「新貿易理論」の解説

1970年代になると、Grubel and Lloyd (1975)などにより、先進国間の同一産業内の国際貿易比重増えていることが注目された。これにたいし、ポール・クルーグマン生産における収穫逓増独占競争理論組み合わせて産業内貿易起こりうることを示したその後クルーグマン基本モデルに基づく研究活発化し、新貿易理論と呼ばれるようになったクルーグマンらの理論は、産業内の企業同一生産費関数仮定するものであった。これに対し2000年代に入ると、同一産業内の企業違い注目するメリッツらの実証研究理論研究現れるようになった。これは、新貿易理論と対比して新新貿易理論(New new trade theory)と呼ばれている

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