戦後・ギリシャ海軍で
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「スキャバードフィッシュ (潜水艦)」の記事における「戦後・ギリシャ海軍で」の解説
スキャバードフィッシュは真珠湾に一度回航された後、9月6日に真珠湾を出航し、エニウェトク環礁で対潜水艦戦訓練に参加する。1ヶ月をエニウェトクで過ごし、あとの1ヶ月をグアムへの巡航で費やす。11月14日にアプラ港を出港し、ミッドウェー島を経由してカリフォルニア州サンフランシスコに向かう。1945年11月29日にメア・アイランド海軍造船所に到着、最初のオーバーホールが行われたが、工事は1946年3月中旬まで完了せず、工事未了のまま西海岸沿いでの作戦活動に従事した。1947年3月17日にサンフランシスコ海軍造船所に入渠し、2度目の広範囲オーバーホールが行われた。8月8日に乾ドックから直接出航しサンディエゴに向かう。1ヶ月後に真珠湾に向かい数日間停泊した後西方に向けて模擬巡航を行う。パラオ、香港、上海、青島および沖縄を訪問した後、スキャバードフィッシュは1947年12月11日にサンディエゴに帰還した。1948年1月3日、スキャバードフィッシュはメア・アイランドに向かい、2日後に不活性化のため太平洋予備役艦隊に合流する。1948年2月にスキャバードフィッシュは予備役となり、メア・アイランドに係留された。その後1964年10月まで保管された。 スキャバードフィッシュは再び就役するとギリシャ海軍に貸与された。ギリシャ海軍ではトリアイナ (HS Triaina, S-86) の艦名で就役した。スキャバードフィッシュは1976年1月31日にアメリカ海軍から除籍され、1976年4月にギリシャによって正式に購入された。ギリシャ海軍からは1980年に除籍されたが、1982年まで係留され訓練艦として使用された。 スキャバードフィッシュは第二次世界大戦の戦功で5個の従軍星章を受章した。
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戦後・ギリシャ海軍で
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「ジャック (潜水艦)」の記事における「戦後・ギリシャ海軍で」の解説
ジャックは9月5日に帰途に就き、真珠湾とパナマ運河地帯を経由して10月3日にニューヨークに到着する。1946年6月8日にニューロンドンで退役し、大西洋予備役艦隊入りする。ジャックは1957年12月20日に再就役し、短期間の訓練の後1958年4月21日にギリシャ海軍へ貸与された。ジャックはアンフィトリティ (HHMS Amfitriti, S-17) と改名され、1967年まで活動した。その後ギリシャより返還されたジャックは1967年9月5日に第6艦隊の演習で標的艦として地中海に沈められた。 ジャックの総撃沈トン数は76,687トンに上る。ジャックは第二次世界大戦の戦功で7個の従軍星章と殊勲部隊章を受章した。第2と第9を除く全ての哨戒が成功として記録された。
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