戦後の「超特急」と「スーパー」列車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/10 00:54 UTC 版)
「超特急」の記事における「戦後の「超特急」と「スーパー」列車」の解説
特急列車自体、戦時下の1944年(昭和19年)に廃されて1949年(昭和24年)に「へいわ」の復活まで運行されることが無かった。しかし「へいわ」→「つばめ」の成功や、1956年(昭和31年)に東海道本線が全線電化されたことに伴い、特急列車の速達化を計る上で「超特急列車構想」が生まれ、「ビジネス特急」と設計時通称された「こだま」用車両"20系電車"(称号改正により後に151系→181系となる)がその構想に基づいて誕生したといわれている。結果的に同線を運行する特急・急行列車の大部分は電車化された後、1964年(昭和39年)の東海道新幹線開業に伴い、特急列車は新幹線列車に移行する形で廃された。 なお、JR発足前後より運行される特急列車の中で新型車両の導入や速達列車には「スーパー」と列車名に冠される列車が運行されることがあるが、多くの場合設定時には停車駅の精選などが行われる事例が見受けられる。これは、1980年代前半のJR発足直前までに急行列車を統合し、優等列車が特急列車のみとなった関係で、格上の列車にこの名称を用いざるを得なかったことが考えられるが、かつての「超特急」とは異なり、単なる車両の違いなどで使い分けられる場合もダイヤの設定上ままありえた。 また、整備新幹線の内、新幹線鉄道規格新線を通過する列車として「スーパー特急」という言い回しを用いるが、これはいわゆる「フル規格」と称される新幹線規格を使った列車が「超特急」と喧伝された関係で、それに近い言い回しを用いたものとされる。 私鉄では、1968年6月に登場した京浜急行電鉄の快速特急の名称候補として「超特急」が用いられようとした事例があった。当時の特急より上位の種別だったため、最後まで名称候補に残るも「超」は大げさとの意見もあり、「快速特急」が選定された。
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