戦後のインターン教育
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「インターン制度」の記事における「戦後のインターン教育」の解説
1945年(昭和20年)、マッカーサー元帥の率いる連合軍総司令部の指導によって、衛生行政・医師教育の改善が指令された。特に、戦時中は軍医・医師不足から医学専門学校が急増設され、医学教育期間も短縮され、学生は勤労動員に駆り出されるなど、医学教育の内容は、きわめて劣悪なものとなっていた。 戦時中、世界の医学水準は英米を中心に、飛躍的に発展していたが、日本にはその情報も伝わらず、日本の医学水準自体が、すでに世界を大きく下回っていた。 そこで、1946年(昭和21年)8月30日、勅令402号によって国民医療法施行令が改正され、医師養成機関の卒業生は、実地修練制度(インターン教育)と医師国家試験が義務づけられることになった。 すなわち、大学医学部・医科大学・医学専門学校を卒業した者は、「一年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練」を経ることを、医師免許の前提たる医師国家試験の受験要件としたのである。1947年(昭和22年)3月に卒業した、各大学医学部・医科大学・医専の学生には一年間のインターン教育が行われた。1948年(昭和23年)3月、医学部・医科大学・医専の卒業生を対象にした、第二回医師国家試験が行われ、今日に続いている。
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