慈円一期思惟記〈自筆本/〉
主名称: | 慈円一期思惟記〈自筆本/〉 |
指定番号: | 2453 |
枝番: | 00 |
指定年月日: | 1989.06.12(平成1.06.12) |
国宝重文区分: | 重要文化財 |
部門・種別: | 書跡・典籍 |
ト書: | |
員数: | 1巻 |
時代区分: | 鎌倉 |
年代: | |
検索年代: | |
解説文: | 本巻は題名はないが、巻頭に「佛子一期思惟」とあり、その内容、筆跡等よりみて慈円(一一五五-一二二五)の自筆になる自身の一代回顧録で、『門葉記』に「和尚御自筆御記云」としてその一部が引用されているものである。 体裁は巻子装で、現状は楮紙八紙に断簡二紙の計十紙分を存し、途中および巻末を欠失するが、本文の筆致は速筆のうちにも蹌踉たる趣きがあり、かつ加筆訂正が著しく、この本が晩年の草稿本であることを明らかにしている。 本記の前半は、永万元年(一一六五)一一歳で青蓮院に入室した慈円が、仁安二年(一一六七)一三歳で出家得度したことより筆を起こし、建久三年(一一九二)三十八歳で天台座主に補任されるまでの若き日の慈円が隠者の道を模索した姿をさまざまな出来事とともに記している。次いでやや欠失があり、後半には建久六年九月の大乗院勧学講の開催から五三歳での西山への籠居、天台座主の還任、山門諸堂の復興に尽力したことなどを詳述している。また建保四年(一二一六)の山門と寺門の対立抗争の中で慈円が天台座主を辞任し、青蓮院、梶井の両門跡の対立が激化し、この対立が後鳥羽院の支援により梶井側の優勢のうちに進んでいったことを不満とするなど後鳥羽院との関係も伝えていて注目される。 巻末を欠している点は惜しまれるが、本巻は慈円が晩年に著した一代記草稿本として、慈円の思考、行動を仔細に伝えて価値が高い。 |
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