心臓生理への関与
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 09:41 UTC 版)
心筋では、隣接する心筋細胞との電気的・機械的共役を担う介在板構造のアドへレンスジャンクションにおいてβ-カテニンはN-カドヘリン(英語版)と複合体を形成している。成体ラットの心室の心筋細胞のモデルでは、これらの細胞の再分化の過程においてβ-カテニンの出現と分布は時間的・空間的に調節されていることが示されている。具体的には、N-カドヘリンとα-カテニンからなる複合体はβ-カテニンまたはプラコグロビンと相互排他的な複合体を形成し、単離された心筋細胞が細胞間接着を再形成する過程の初期段階では主に新生β-カテニンとの複合体を形成しているが、心筋細胞の形態変化とともに新生プラコグロビンとの複合体が蓄積してゆく。介在板のアドへレンスジャンクションにおいてβ-カテニンはエメリンと複合体を形成することも示されており、この相互作用はGSK-3βによるリン酸化部位の存在に依存している。エメリンのノックアウトによってβ-カテニンの局在と介在板の全体構造に大きな変化が生じ、拡張型心筋症に似た表現型となる。 心臓病の動物モデルを用いて、β-カテニンの機能の解明が行われている。大動脈弁狭窄症と左室肥大のモルモットモデルでは、β-カテニンの全体量には変化がないにもかかわらず、細胞内局在が介在板から細胞質へ変化している。ビンキュリンにも同様の変化がみられる。N-カドヘリンには変化は見られず、介在板におけるβ-カテニンの不在を補償するようなプラコグロビンのアップレギュレーションもみられない。心筋症と心不全のハムスターモデルでは、細胞間接着が不定形となって乱雑になっており、β-カテニンのアドへレンスジャンクション/介在板と核内のプールでの発現レベルが低下している。これらのデータは、β-カテニンの喪失が心筋肥大や心不全と関係した介在板の疾患状態に寄与している可能性を示唆している。心筋梗塞のラットモデルでは、アデノウイルスを用いて非リン酸化型の恒常的に活性化されたβ-カテニン遺伝子を導入することで、梗塞サイズが減少し、細胞周期が活性化され、心筋細胞と心臓の筋線維芽細胞(英語版)のアポトーシス量が低下する。サバイビンやBcl-2などの生存促進タンパク質の発現上昇に加えて、VEGFの発現上昇によって筋線維芽細胞から心筋細胞への分化が促進される。これらの知見からは、β-カテニンが心筋梗塞後の再生と治癒の過程を促進していることが示唆される。高血圧自然発症ラットモデルでは、介在板/筋鞘から核へのβ-カテニンの移行が検出されており、膜タンパク質画分におけるβ-カテニンの発現低下と核画分での増加がみられる。さらに、GSK-3βとβ-カテニンの間の結合が弱まっていることも判明しており、タンパク質の安定性が変化していることが示唆される。これらの結果は全体として、β-カテニンの核局在の増加が心肥大の進行に重要である可能性を示唆している。 心筋におけるβ-カテニンの細胞内局在については厳密な制御が存在しているようである。β-カテニンを欠損したマウスでは左室の心筋には明らかな表現型がみられないが、安定化型のβ-カテニンを発現するマウスは拡張型心筋症を発症する。このことからは心筋におけるβ-カテニンの正常な機能には、タンパク質分解機能によるβ-カテニンの時間的制御が重要であることが示唆される。不整脈源性右室心筋症(英語版)への関与が示唆されているデスモソームタンパク質のプラコグロビンがノックアウトされたマウスではβ-カテニンの安定性が向上しており、おそらくホモログであるプラコグロビンの喪失をβ-カテニンが補償しているためと考えられる。こうした変化はAktの活性化とGSK-3βの阻害を伴っており、ここからもβ-カテニンの異常な安定化の心筋症発症への関与が示唆される。プラコグロビンとβ-カテニンのダブルノックアウトマウスは心筋症、線維症、不整脈を発症し、心臓突然死に至る。このマウスでは介在板構造が著しく損なわれており、コネキシン43(英語版)が存在するギャップジャンクションは顕著に減少している。ダブルトラスジェニックマウスの心電図測定では致死的な心室性不整脈が観察されており、2つのカテニン(β-カテニンとプラコグロビン)が心筋細胞の機械電気的共役に重要で不可欠であることを示唆している。
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