市川左團次とは? わかりやすく解説

いちかわ‐さだんじ〔いちかは‐〕【市川左団次】

読み方:いちかわさだんじ

歌舞伎俳優屋号高島屋

[一]初世)[1842〜1904大阪生まれ。9世市川団十郎5世尾上菊五郎とともに明治三名優と称された。のち明治座座主

[二]2世)[1880〜1940初世の子東京生まれ小山内薫自由劇場創立新歌舞伎創始

市川左団次の画像
初代・市川左団次/国立国会図書館

市川左団次(初代) いちかわ さだんじ

市川左団次(初代)の肖像 その1

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

市川左團次

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/22 16:59 UTC 版)

三升に左
松皮菱に鬼鳶

市川 左団次(いちかわ さだんじ、旧字体: 市川 左團次󠄁)は、歌舞伎役者の名跡。屋号は高島屋定紋は三升に左(みますに ひだり)で、替紋は松皮菱に鬼鳶(まつかわびしに おにづた)だが、代々の左団次は通常替紋の方を使用している。初代と二代目は明治座の座元もつとめた[1]

この市川左団次とは系統の異なる3名の市川左団次が江戸時代中期から後期にかけて存在したことが知られているが、その出自や活動時期については不明な点が甚だ多く、代々の市川左団次からは古くから除外されている。

市川左団次代々

  • 四代目 市川左団次
    • 三代目の長男、1940–2023。本人によると実父は三代目左団次の贔屓筋だという。
    • 五代目市川男寅(瀧野屋)→ 五代目市川男女蔵(瀧野屋)→ 四代目市川左団次

委細不明の市川左団次

  • 市川左団次
    • 出自不詳、二代目市川海老蔵の門弟、生没年不詳。
    • 袖岡菊太郎 → 袖崎菊太郎 → 市川左団次
  • 市川左団次
  • 市川左団次
    • 四代目市川小団次の養子、七代目市川團十郞の門弟、のち上記市川左団次の門弟、生没年不詳。
    • 市川小米 → 市川左団次
  1. ^ 上田正昭ほか監修 著、三省堂編修所 編『コンサイス日本人名事典 第5版』三省堂、2009年、117頁。 



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