地球デビュー後の悪魔事異動
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「聖飢魔II」の記事における「地球デビュー後の悪魔事異動」の解説
この大ブレイクを受け、聖飢魔IIは『夕やけニャンニャン』や『森田一義アワー 笑っていいとも!』などへの出演など、多くのレギュラー番組を持つようになった。 1986年6月、ゾッド親分が演奏テクニックの不足を理由に脱退、ゾッド親分のベースの師でもあったテクニシャン・ゼノン石川和尚が加入する。この悪魔事異動により、第5期聖飢魔IIとなる。ゼノン和尚はフュージョン系バンドに所属していたため、聖飢魔IIから声がかかった時相当意外だったという。 和尚加入翌月の7月27日、デーモン閣下が岡山・蒜山高原での野外ライブ「'86サマーミュージックフェスティバル」中、ステージ上の屋根から飛び降りた際に左脚を骨折。いくつものミサ、テレビ出演が延期や中止となった。閣下は鳥取県米子市の病院に担ぎ込まれ脚の手術(閣下は「改造手術」と呼んでいた)を受けた。この時閣下は悪魔の姿のまま病院に担ぎ込まれ、当時閣下を知らない一般人が多かったこともあって病院は騒然となったという。 そんな中、第3大教典『地獄より愛をこめて』の制作がスタートする。前2作は聖飢魔II創始者であるダミアン浜田殿下作曲によるデビュー前の遺産を中心に収録されていたが、この教典の楽曲のほとんどはジェイル代官による作曲である。ジェイルは本作におけるコンポーザーとしての成果をステップとし、自らの原点であるハードなロックンロールでの全世界デビューを実現すべく1987年1月に聖飢魔IIを脱退。スケジュールが過密になっていく中で、作曲のための時間が取れないことを危惧していたジェイルだったが、レコード会社の人間から「いいじゃない、今ウケてんだから」と言われたことや、取材に関しても音楽のこととは無関係な取材ばかり受けること、従来のヘヴィメタルファンから色物扱いされ続けたことも含め精神的ストレスが溜まってしまったことで脱退を考えるようになったという。その後1995年と1999年の『ザ・サタン・オール・スターズ』、2005年以降の期間限定再集結聖飢魔IIの活動に参加している。 1987年2月、デビュー前のギタリストオーディションでは、ジェイル代官とどちらを採用するか悩んだとされる、紫馬肥(むらさきうまごやし)のギタリスト・Sgt. ルーク篁III世参謀が加入。この悪魔事異動により聖飢魔IIは第6期を迎え、以後解散まで悪魔事異動は行われなかった。第6期聖飢魔IIの活動は1987年の小教典「EL・DO・RA・DO」からスタートした。この曲は最後の最後まで聖飢魔IIの大黒柱的楽曲として機能していた。11月に発布した大教典『BIG TIME CHANGES』では、ルーク参謀の加入によるバンドの変化が如実に現れていた。エース長官とルーク参謀を中心に各構成員が作曲をするようになり、「ヘヴィメタル」とはジャンル分けし難い幅の広い音楽性を持つロックバンドとなっていった。
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