商品化とオセロブーム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 17:32 UTC 版)
「オセロ (ボードゲーム)」の記事における「商品化とオセロブーム」の解説
1972年10月、長谷川が玩具メーカーのツクダにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化が決まった。 商品化に先立ち、1973年1月には日本オセロ連盟が設立され、同年4月7日には第1回全日本オセロ選手権大会が開催された。 同年4月25日に三越本店と伊勢丹本店で販売を開始し、4月29日に全国で「オフィシャルオセロ」が発売された。ツクダの商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外のロイヤルティーを払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロについても特許権や実用新案権は取得されていなかったが、ツクダのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという。玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面にはたばこやライターを写したデザインが採用された。価格は2200円に設定された。 初期ロットは在庫を残さないよう3,000個で、経費の都合でテレビCMも打たなかったものの、百貨店の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった。これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビCMを製作したところ、オンエア後の10月からの3か月間で38万個、翌1974年に120万個以上、1975年に280万個が売れる大ヒット商品となった。『日経流通新聞』(現『日経MJ』)のヒット商品番付では、1973年、1974年と2年連続で「大関」に選出された。 1977年にアメリカ合衆国でも発売され、その年のうちに100万個が売れたという。この年から、世界オセロ選手権大会も始まった。 ツクダの玩具製造部門は1974年からツクダオリジナルとして独立。2002年、ツクダオリジナルはバンダイの子会社となり、2003年3月には和久井が経営するワクイコーポレーションと経営統合してパルボックスとなった。さらに2005年には、パルボックスはバンダイの子会社メガハウスに統合され、2020年現在はメガハウスがオセロを販売している。なお、アメリカ合衆国ではゲイブリルが最初の販売元だったが、その後数社の変遷を経て、2007年時点ではマテルが欧米での販売権を所有している。 和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40から50万個は売れ続けているという。 [先頭へ戻る]
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