周辺の神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/30 17:17 UTC 版)
「阿彌神社 (阿見町中郷)」の記事における「周辺の神社」の解説
鹿島神社 茨城県稲敷郡阿見町青宿882番地(旧信太郡青宿村) 祭神・建御雷之男命創建不詳。旧無格社。 阿見の北隣に位置する青宿(あおやど)の鎮守社である。霞ヶ浦湖岸の島状台地上にあり、境内には6世紀頃築造の青宿古墳群がある。 戦争遺構としての側面も持つ神社で、社地は旧土浦海軍航空隊の最寄りの高台であったため、戦時中は防空壕が掘られていた。しかし、昭和20年6月10日(1945年)の空襲で防空壕の入口が爆撃され、避難中の航空隊員や教官が生き埋めとなり、戦死者281名、重軽傷者119名という多大な犠牲が出た。青宿集落でも住民6名が犠牲となった。現在、境内に阿見町名所百選の解説板と「第二次世界大戦被爆跡記念之碑」が建立されている。
※この「周辺の神社」の解説は、「阿彌神社 (阿見町中郷)」の解説の一部です。
「周辺の神社」を含む「阿彌神社 (阿見町中郷)」の記事については、「阿彌神社 (阿見町中郷)」の概要を参照ください。
周辺の神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/03 21:21 UTC 版)
月水石神社(がっすいせきじんじゃ) 茨城県つくば市筑波(旧筑波郡筑波村) 祭神・イワナガヒメ(磐長姫命) 例祭・旧暦正月25日 単立社 月に一度、中央の穴から赤い水を流すという伝説を持つ巨石を神体とする。単立社であるが、一般の参拝を受け入れており、子授けや婦人病の治癒に神徳があるとして広く信仰されている。 社殿覆屋の側面に掲げられた社主による「月水石神社由来」によれば、当地は磐長姫命の崩御の聖地である。磐長姫命は筑波山両神である諾册二尊の第4御子であり、病によって登ることが出来ず、この地で崩御した。その後、筑波山両神の下命によって庶民の守護神になったという。諾册二尊を磐長姫命の親神とする系譜は、記紀と異なる独自のものである。ただし新たに建てられた「イワナガヒメの『謂われ』」では、記紀の系譜及び記述を踏襲したものになっている。筑波山両神の御子という伝承に、明治以降の神名を補足したと見ることもできる。 社地を流れる沢は男女の川であり、筑波山双峰の間にある御幸ケ原付近に源流がある。この下流には飯名神社がある。飯名神社とは男女の川、磐座信仰、陰石信仰、女神信仰といった共通点がある。 逆川(酒香川)を挟んだ神郡山の蚕影神社には、妹神の木花咲耶姫命が祀られている。 平成21年(2009年)、社殿を改築した。
※この「周辺の神社」の解説は、「飯名神社」の解説の一部です。
「周辺の神社」を含む「飯名神社」の記事については、「飯名神社」の概要を参照ください。
周辺の神社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/16 08:48 UTC 版)
「楯縫神社 (美浦村郷中)」の記事における「周辺の神社」の解説
楯縫神社 茨城県稲敷郡美浦村信太1830番地(旧信太郡信太村) 主祭神・経津主命 配祀神・高皇産霊神、菅原道真公、誉田別命、武甕槌命、木花開耶比売命、宇迦之御魂命配祀神6柱は神社整理による合祀神(皇産霊神社、天満神社、香取神社、八幡神社、二宮鹿島神社、浅間神社、宇賀神社)。 創建不詳。社伝では景行天皇御代(不詳)創建、霊亀元年(715年)再建。旧村社。神社は式内楯縫神社の比定社、及び信太郡惣社(扁額)としている。 信太城址の東北にあり、一帯は信太郡衙の候補地でもある。
※この「周辺の神社」の解説は、「楯縫神社 (美浦村郷中)」の解説の一部です。
「周辺の神社」を含む「楯縫神社 (美浦村郷中)」の記事については、「楯縫神社 (美浦村郷中)」の概要を参照ください。
- 周辺の神社のページへのリンク