合成代数とは? わかりやすく解説

合成代数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/31 15:36 UTC 版)

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数学における K 上の合成代数(ごうせいだいすう、composition algebra)は、K 上の(必ずしも結合的でない)単位的多元環 A で、乗法性英語版条件

を満たす非退化二次形式 N を持つ。合成代数のデータには共軛と呼ばれる対合 xx* も含まれる。付随する二次形式は N(x) = xx* として与えられ、しばしばその合成代数のノルムと呼ばれる(その意味で合成代数を「ノルム多元環」ともいうが、函数解析学にいうノルム代数とは同じものでないことに注意)。

合成代数 (A, ∗, N)多元体ノルム多元体)か、さもなくば分解型多元環 (split algebra) であり、それはヌルベクトルN(v) = 0 を満たす非零元 vA)の存在によって決まる[1]。実際、ヌルベクトルが全く存在しないとき、非零元 x乗法逆元x*/N(x) が与えるから、その代数は多元体である。他方ヌルベクトルが存在するとき、N等方二次形式と呼ばれ、その代数は「分裂」(split) する(または分解型 (split type) である)と言う。

合成代数の構造定理

標数 ≥ 2 の体 K 上の単位的合成代数はすべて、K からケーリー=ディクソンの構成法を繰り返し用いることによって構成できる(標数 = 2 の場合は K の代わりに二次元の部分合成代数を考えればよい)。合成代数が取りうる次元は 1, 2, 4, 8 のうちのいずれかに限られる[2][3][4]

  • K 上一次元の合成代数が存在するのは標数 char(K) ≥ 2 に限る。
  • K 上一次元または二次元の合成代数は可換かつ結合的である。
  • K 上二次元の合成代数は、K の二次拡大体か KK のいずれかである。
  • K 上四次元の合成代数は結合的だが非可換であり、K 上の(一般)四元数環と呼ばれる。
  • K 上八次元の合成代数は非結合的かつ非可換であり、K 上の(一般)八元数環と呼ばれる。

語法を一貫させる場合には、一次元の代数を(一般)一元数環 (unarion algebra) および二次元の代数を(一般)二元数環 (binarion algebra) と呼ぶ[5]

例と用例

基礎体 K複素数C として二次形式 z2 をノルムに持つものと考えるとき、C 上の合成代数は C 自身、双複素数環、双四元数英語版環(これは複素 2次正方行列環 M(2, C) に同型)、双八元数環(複素八元数環)CO の4種類である。

全行列環 M(2, C) は長く興味を持たれた対象で、最初はハミルトン (1853) が双四元数として言及し、後にはそれと同型な行列の形で(特にパウリ代数として)扱われる。

実数体上で平方函数 N(x) = x2 を考えたものは根源的な合成代数を成す。基礎体 K を実数体 R にとるならば、その上の合成代数は R の他は六種類しかない[3]:1662, 4, 8 の各次元において、合成代数は「分解型」と「多元体」の二種類が存在しており、それぞれ分解型複素数環(ノルム x2y2)と複素数体(ノルム x2 + y2)、分解型四元数英語版環と四元数体、分解型八元数環と八元数体と呼ばれる。

歴史

平方和の合成則に関する言及は古くからいくつか存在している。ディオファントスは、今日ではブラーマグプタ–フィボナッチの公式と呼ばれる、二つの平方数の和を含む式について記しているが、これは複素数のユークリッドノルムが複素数の積に関して持つ乗法性と見れば事態をはっきりさせることができる。オイラーは1748年に四平方和の公式を論じたが、それは後にハミルトン四元数の成す四次元多元環を構成することに通じている[5]:62。1848年にテッサリン英語版が述べられたことで双複素数に初めて光が当てられた。

1818年ごろデンマークの学者フェルディナンド・デゲンが示した八平方和の公式英語版は、後に八元数体の元のノルムに関連付けられた。

八元数体は、歴史的にはケイリー数全体の成す代数系として、初めて知られた非結合多元環である。ケイリー数は二次形式の合成可能性に関する数論的問題の文脈で生じた。この数論的問題は、ある種の代数系(すなわち合成代数)に関する問題に読み替えることができる[5]:61

1919年にディクソンは、それまでの成果を取り纏めてフルヴィッツの平方和公式英語版の研究を深化させ、二重化の方法を示して四元数からケイリー数を得た。ディクソンは新たな虚数単位 e を導入して、二つの四元数 q, Q に対してケイリー数を q + Qe と書き表した。四元数の共軛を ' で表せば、二つのケイリー数の積は

で与えられる[6]。ケイリー数の共軛は q'Qe で与えられ、付随する二次形式 qq′ + QQ′ は互いに共軛な二数の積によって与えられる。この二重化法はケイリー–ディクソン構成と呼ばれるようになった。

実合成代数で正定値二次形式をノルムに持つ場合は、1923年に合成代数に関するフルヴィッツの定理英語版で区切りが付けられた。

1931年にマックス・ツォルンはディクソン構成の乗法規則にパラメタ γ を導入して分解型八元数環を生成した[7]アドリアン・アルバート英語版もまた、1942年に γ を用いて、ディクソンの二重化を任意ので平方函数をノルムとしたものに適用して、各々の二次形式を持つ(一般)二元数・四元数・八元数環が構成できることを示した[8]ネイサン・ヤコブソン英語版は1958年に合成代数の自己同型について述べている[2]

および 上の古典合成代数は単位的多元環であった。乗法単位元持たない合成代数は、ハンス・ピーターソン(ピーターソン代数英語版)、大久保進大久保代数英語版)らによって見出された[9]:463–81

関連項目

参考文献

  1. ^ T. A. Springer; F. D. Veldkamp (2000). Octonions, Jordan Algebras and Exceptional Groups. Springer-Verlag. p. 18. ISBN 3-540-66337-1 
  2. ^ a b Nathan Jacobson (1958). “Composition algebras and their automorphisms”. Rendiconti del Circolo Matematico di Palermo 7: 55-80. doi:10.1007/bf02854388. Zbl 0083.02702. 
  3. ^ a b Guy Roos (2008) "Exceptional symmetric domains", §1: Cayley algebras, in Symmetries in Complex Analysis by Bruce Gilligan & Guy Roos, volume 468 of Contemporary Mathematics, American Mathematical Society, ISBN 978-0-8218-4459-5
  4. ^ Schafer, Richard D. (1995) [1966]. An introduction to non-associative algebras. Dover Publications. pp. 72-75. ISBN 0-486-68813-5. Zbl 0145.25601 
  5. ^ a b c Kevin McCrimmon (2004) A Taste of Jordan Algebras, Universitext, Springer ISBN 0-387-95447-3 MR2014924
  6. ^ Leonard Dickson (1919), “On Quaternions and Their Generalization and the History of the Eight Square Theorem”, Annals of Mathematics, Second Series (Annals of Mathematics) 20 (3): 155-171, doi:10.2307/1967865, ISSN 0003-486X, JSTOR 1967865, https://jstor.org/stable/1967865 
  7. ^ Max Zorn (1931) "Alternativekörper und quadratische Systeme", Abhandlungen aus dem Mathematischen Seminar der Universität Hamburg 9(3/4): 395–402
  8. ^ Adrian Albert (1942). “Quadratic forms permitting composition”. Annals of Mathematics 43: 161-177. doi:10.2307/1968887. Zbl 0060.04003. 
  9. ^ Max-Albert Knus, Alexander Merkurjev, Markus Rost, Jean-Pierre Tignol (1998) "Composition and Triality", chapter 8 in The Book of Involutions, pp 451–511, Colloquium Publications v 44, American Mathematical Society ISBN 0-8218-0904-0
  • Faraut, Jacques; Ádám Korányi (1994). Analysis on symmetric cones. Oxford Mathematical Monographs. The Clarendon Press, Oxford University Press, New York. pp. 81-86. ISBN 0-19-853477-9. MR1446489 
  • Tsit Yuen Lam (2005). Introduction to Quadratic Forms over Fields. Graduate Studies in Mathematics. 67. American Mathematical Society. ISBN 0-8218-1095-2. Zbl 1068.11023 
  • Harvey, F. Reese (1990). Spinors and Calibrations. Perspectives in Mathematics. 9. San Diego: Academic Press. ISBN 0-12-329650-1. Zbl 0694.53002 
  • 佐武一郎『リー環の話[新版]』日本評論社〈日評数学選書〉。

外部リンク


合成代数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 03:48 UTC 版)

加群の直和」の記事における「合成代数」の解説

詳細は「合成代数」を参照 合成代数 (A, ∗, N) は体上の多元環 A, 対合 ∗ および「ノルム」N(x) = xx* からなる任意の体 K に対して、K と自明なノルム(つまり N(x) = x2)から始まる合成代数の系列生じてくる。この系列は、多元環の直和 A ⊕ A を作って新たな対合 (x, y)* = x* − y を入れるという帰納的な手続きによって得られるレオナード・E・ディクソン四元数二重化して八元数を得るためにこの構成発明しており、直和 A ⊕ A を利用するこの二重化法はケイリーディクソン構成呼ばれる実例として、K = ℝ実数体)から始めれば系列として複素数四元数八元数十六元数生成される。また K = ℂ複素数体)と自明なノルム N(z) = z2 から始めれば、以下双複素数、双四元数英語版)、双八元数と続く。 マックス・ツォルンは、古典的なケイリーディクソン構成では先の (ℂ, z2) の系列属す代数部分多元環として生じいくつかの合成代数(特に分解型八元数)を取りこぼしてしまうことに気が付いた。そのために修正されケイリーディクソン構成(これもまたもと多元環 A から直和 A ⊕ A を作る方法に基づく)は、実数分解型複素数分解四元数英語版)、分解型八元数系列作るのに利用される

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