分解型複素数とは? わかりやすく解説

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分解型複素数

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/31 14:19 UTC 版)

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分解型複素数(ぶんかいがたふくそすう、英語: split-complex number; 分裂複素数)とは、数学において、2つの実数 x, yj2 = +1 を満たす実数でない量を用いて z = x + yj と表せるのことである。

分解型複素数と通常の複素数の最も大きな幾何学的な違いは、通常の複素数の乗法が 2 における通常の自乗ユークリッドノルム x2 + y2 に従う一方、分解型複素数の乗法が自乗ミンコフスキーノルム x2y2 に従うことである。

代数的には、分解型複素数は(通常の複素数には無い)非自明な(つまり、0 でも 1 でもない)冪等元を含むという興味深い性質を持つ。また、全ての分解型複素数が成す集合はにはならないが、その代わりにを成す。

分解型複素数には他の呼び名がたくさんある(#別称を参照)。「分解型」(split) というのは、(p, p)-型の(計量二次形式の)符号数が「分解型符号数」(split signature) と呼ばれることからきている。つまり、分解型複素数は分解型符号数 (1, 1) を持つ複素数の類似である。

定義

分解型複素数z = x + jy なる形をしている。ここで x, y実数で、量 jj2 = +1 を満たす、実数(つまり ±1)でない量(「虚数単位」)である。

通常の複素数と異なるのは、虚数単位が i2 = −1 でなく j2 = +1 であることである。

分解型複素数 z 全体からなる集合は分解型複素平面 (split-complex plane) と呼ばれる。分解型複素数の加法乗法

(x + jy) + (u + jv) = (x + u) + j(y + v),
(x + jy)(u + jv) = (xu + yv) + j(xv + yu)

で定義される。この乗法は可換結合的であり、加法に対して分配的である。

共軛、ノルムおよび内積

複素数における複素共役と同様に、分解型複素共軛 (split-complex conjugate) の概念を定義することができる。分解型複素数 z = x + jy に対して、その共軛は

z* := xjy

で与えられる。この共軛は、複素共役と同様に、

  • (z + w)* = z* + w*
  • (z⋅w)* = z*⋅w*
  • (z*)* = z

などの性質を満たす。この3条件は分解型複素数の環が、分解型複素共軛を対合(位数 2 の自己同型)に持つ対合付き環であることを示している。分解型複素数 z = x + jy絶対値(平方ノルム)は二次形式

‖ z ‖ := z⋅z* = z*⋅z = x2y2

で与えられる。重要な性質として、絶対値は

‖ z⋅w ‖ = ‖ z ‖⋅‖ w ‖

が成立するという意味で分解型複素数の乗法と両立する。ただし、この二次形式は正定値ではなく符号数 (1, 1) を持つ不定値二次形式であるので、この絶対値は平方根をとるわけにはいかないし取れたとしても(解析学的な意味での)ノルムにはならない。分解型複素数に付随する (1, 1)-型双曲的(不定値)内積

z, w := ℜe(z⋅w*) = ℜe(z*⋅w) = xuyv

によって与えられる。ただし、z = x + jy, w = u + jv である。これを用いると、絶対値の別の表示として

‖ z ‖ = z, z

と書くことができる。分解型複素数が可逆であることとその絶対値が非零であることとは同値であり、そのとき逆元

z−1 := z*‖ z ‖

で与えられる。可逆でない分解型複素数はヌル元 (null element) と呼ばれ、ヌル元の全体は適当な実数 a をとって a ± ja の形に書ける元の全体と一致する。

対角基底

分解型複素数には非自明な冪等元が2つ存在して、それは e := (1 − j)/2, e* = (1 + j)/2 で与えられる[注釈 1]。これらはともに

青:単位直交双曲線 ‖ z ‖ = 1, 緑:共軛双曲線 ‖ z ‖ = −1, 赤:漸近線 ‖ z ‖ = 0

ミンコフスキー内積を備えた実二次元線型空間(1 + 1)-次元ミンコフスキー空間と呼ばれ、しばしば 1,1 と表される。ユークリッド平面 2 における幾何学が複素数を用いて記述できるのと同様に、ミンコフスキー平面 1,1 における幾何学は分解型複素数を用いて記述できる。

0 でない任意の実数 a に対し、点集合

を満足する。

歴史

分解型複素数の使用は、1848年ジェームズ・クックル英語版双複素数の概念を発明したときにまで遡れる[1]ウィリアム・クリフォード英語版はスピンの和を表すために分解型複素数を用いている。クリフォードは、分解型複素数を今日分解型双四元数と呼ばれる四元数代数の係数としての使用法を導入した。彼はその元を "motor" と呼んで分解型複素数の研究で幾度か用いている。

20世紀に入ると、分解型複素数は双曲的回転によって基準系間の速度変化をよく表していたため、時空平面におけるローレンツ変換や空間の相対性を記述するものとして表舞台に現れる。

1935年に J. C. Vignaux, A. Durañona, Vedia らは雑誌 Contribución a las Ciencias Físicas y Matemáticasにおける4つの論文で分解型複素幾何代数や函数論を展開した[2]。詳細は分解型複素変数函数英語版の項を参照。

1941年 E.F. Allen は分解型複素幾何の算術を用いて zz* = 1 に内接する三角形の9点双曲線英語版を構成した[3]

別称

分解型複素数の名称は著者によってかなりバラつきがある。いくつか挙げれば

  • 実テッサリン:(real) tessarine, James Cockle (1848)
  • 代数的運動子:(algebraic) motor, William Kingdon Clifford (1882)("Further Notes on Biquaternions")
  • 双曲(型)複素数:hyperbolic complex number, J.C. Vignaux (1935) および G. Sobczyk (1995)
  • 反複素数、双曲数:countercomplex or hyperbolic number(ハイパー数の一部として)
  • 二重数:double number, Isaak Yaglom (1968) および Encyclopedia of Mathematics の "Double and dual numbers" の項
  • 異常複素数:anormal-complex number, W. Benz (1973)
  • 双数:dual number, Louis Kauffman (1985) および J. Hucks (1993)
  • 当惑数、複雑数:perplex number, P. Fjelstad (1986):416 [同定は De Boer (1987):296 を見よ]
  • ローレンツ数:Lorentz number, F. R. Harvey (1990)
  • 分裂複素数、分解型複素数:split-complex number, B. Rosenfeld (1997):30

分解型複素数やその高次元版(分解型四元数や分解型八元数)はシャルル・ミュゼ英語版が考案したハイパー数英語版計画の部分集合であるため、「ミュゼ数」としてたびたび言及される。

関連項目

分解型複素数の高次元版は、ケーリー=ディクソン構成を修正することによって得られる。

包絡環と数の目録に関して

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ これらが冪等とは e⋅e = e および e*⋅e* = e* が満たされることであった
  2. ^ 加法と乗法は成分ごとのそれで定義する。
  3. ^ 注意:著者によってはクリフォード代数における符号を逆にしているものがあるので、その場合は正定値と負定値を入れ替えて読む必要がある

出典

  1. ^ Mr. J. Cockle on a New Imaginary in Algebra, , London-Edinburgh-Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science 34: 37-47, (1849), https://www.biodiversitylibrary.org/item/20121#page/51/mode/1up 
  2. ^ Vignaux 1935.
  3. ^ Allen, E. F. (1941), On a Triangle Inscribed in a Rectangular Hyperbola American Mathematical Monthly, 48, pp. 675-681 

参考文献

  • Benz, W. (1973), uber Geometrie der Algebren, Springer 
  • William Kingdon Clifford (1882), Mathematical Works, edited by A.W.Tucker 
  • Cockle, J. (1848), “A New Imaginary in Algebra”, London-Edinburgh-Dublin Philosophical Magazine 33 (3): 345-349 
  • De Boer, R. (1987), “An also known as list for perplex numbers”, American Journal of Physics 55 (4): 296 
  • Fjelstadt, P. (1986), “Extending Special Relativity with Perplex Numbers”, American Journal of Physics 54: 416 
  • Hucks, J. (1993), “Hyperbolic Complex Structures in Physics”, Journal of Mathematical Physics 34: 5986 
  • F. Reese Harvey (1990), Spinors and calibrations, San Diego: Academic Press, ISBN 0-12-329650-1 :不定符号数のノルム代数およびローレンツ数に関する記述を含む。
  • Louis Kauffman (1985), “Transformations in Special Relativity”, International Journal of Theoretical Physics 24: 223-236 
  • Rosenfeld, B. (1997), Geometry of Lie Groups, Kluwer Academic Publishers, ISBN 0-7923-4390-5 
  • Sobczyk, G. (1995) (PDF), Hyperbolic Number Plane, http://www.garretstar.com/HYP2.PDF 
  • Vignaux, J. (1935), “Sobre el numero complejo hiperbolico y su relacion con la geometria de Borel” (Spanish), Contribucion al Estudio de las Ciencias Fisicas y Matematicas (Universidad Nacional de la Plata, Republica Argentina) 
  • Isaak Yaglom (1968), Complex Numbers in Geometry, translated by E. Primrose from 1963 Russian original, N.Y.: Academic Press 

関連文献

  • C. Musès, Applied hypernumbers: Computational concepts, Appl. Math. Comput. 3 (1977) 211–226.
  • C. Musès, Hypernumbers II—Further concepts and computational applications, Appl. Math. Comput. 4 (1978) 45–66.
  • K. Carmody, Circular and hyperbolic quaternions, octonions, and sedenions, Appl. Math. Comput. 28:47–72 (1988)
  • K. Carmody, Circular and hyperbolic quaternions, octonions, and sedenions— further results, Appl. Math. Comput. 84:27–48 (1997)

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