古代ギリシアとローマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/04 01:21 UTC 版)
「チーズの歴史」の記事における「古代ギリシアとローマ」の解説
古代ギリシアの神話においてチーズを発見する名誉はアリスタイオスに帰せられており、紀元前8世紀後半のホメーロスの「オデュッセイア」には、サイクロプスが羊山羊の乳からチーズをつくる姿が描かれている。 「 我々はすぐに奴の洞穴に着いたが、牧羊に出ていて中は空であった。そこで我々は足を踏み入れ目につく全ての貯蔵品を頂いたのた。チーズ籠はチーズであふれ、子ヤギと子羊とは檻におさまりきらないほどの数が飼われていた(…) 奴はそうしてしまうと座り込み、雌羊と山羊から乳をしぼっては順に放ち、その子らに乳を吸わせるに任すのだった。そして乳は半分ほど凝固させ、小枝細工の漉し器にかけておくのだ(…) 」 エピクロスが自分のパトロンに送った固いチーズの丸々ひとつをもとめる手紙が残っているように、彼は好きなときにこのごちそうを楽しむことができたのだろう。プリニウスもローマでチーズの上に暮らしたゾロアスター教徒のならわしを記録に残している。古代ギリシア人は乾燥して固くなったチーズを好んでいたとされており、栄養価の高い強壮剤や精力剤としても食されていた。 ローマの時代ともなると、チーズは日々の食事として親しまれるとともにチーズづくりも熟練の業が求められていく。ルキウス・ユニウス・モデラトゥス・コルメラの農書「デ・レ・ルスティカ」(65年ごろ)にはチーズづくりの工程が書かれており、レンネットによる凝固、凝乳の成形、塩蔵、熟成と詳細である。77年に著された大プリニウスの「博物誌」では、一章を割いて (XI, 97) 初期のローマ帝国の人々が多様なチーズを楽しむ様を描いている。プリニウスによれば最良のチーズはニームに近い村でつくられたものだが、保存がきかないのでフレッシュなまま食べなければいけないのだという。一般に食されていた古代ローマ時代のチーズは燻製にしたものが多かったとされる。また、超硬質チーズは保存性に優れ栄養価も高かったことから、遠征に出る兵士が保存食として携行していたと考えられている。
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