創業期の蒸気機関車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 04:52 UTC 版)
「日本の蒸気機関車史」の記事における「創業期の蒸気機関車」の解説
日本の最初期の蒸気機関車は、1872年の新橋~横浜間の開業用として、イギリスから輸入した5形式の10両であった。 鉄道建設の第一次計画は、新しい首都の東京と京阪神を結ぶ幹線とし、東京-名古屋間のルートは海岸線を避け(敵国の軍艦による砲撃をうけやすい)内陸地域の 開発のため中仙道経由としていたため、最初に建設した新橋~横浜間は幹線ルートの区間ではなかった。最初期の蒸気機関車は30km足らずの短区間の運用のため、石炭・水の積載の少ない小型タンク機だった。予想の輸送量・列車編成と蒸気機関車の性能などはイギリス人技師によって決められたが、開業後の運輸実績はほぼ計画に合ったもので、蒸気機関車の機構・性能も当時の世界の水準と比較してもほぼ平均的で、 小型の客車約10両編成列車の牽引に見合ったものだった。 北海道の開拓に熱心であった明治政府は、石炭、農産物などの輸送のために鉄道の建設を進め、 当時新大陸での開拓の経験をもつアメリカに指導を依頼していたため、新機軸を盛り込んだ7100形(「弁慶」や「静」などの愛称がついた)をアメリカより輸入し、 1880年に手宮~札幌間が開業した。
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