共作体制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 05:48 UTC 版)
当初アラン・ムーアは『バットマン: キリングジョーク』で共作した作画家ブライアン・タルボット(英語版)と再び組むことを考えていた。しかし『フロム・ヘル』の構想を聞いた出版者スティーヴ・ビセットは「この物語が内包する暴力性に溺れない」資質を持った作画家が必要だと考え、『タブー』の寄稿者の一人エディ・キャンベルを提案した。キャンベルはイギリスのスモールプレスシーンで早くから活躍していたコミック作家で、日々の出来事を印象主義的な描線で描いたスライス・オブ・ライフ作品の先駆者だった。ムーアは連載の途中まで「切り裂きジャック」を登場させずにゆっくりと世界観を固めるつもりであり、序盤の静かなストーリー展開にはキャンベルが適任だと考えた。連続殺人を題材としたホラーへの起用はキャンベル本人としても意外であったが、本来のくつろいだ雰囲気の作風とは正反対の内容に取り組む中で新しい境地を開いていった。 ムーアのスクリプトは長大な散文で書かれており、コマごとの構図を詳細に指示するだけでなく、鋭い修辞によって作画家が再現しきれないほどの情報を伝えるものだった。スクリプトの長さは最大で作画原稿1ページ当たり2200ワード(約200行)に達した。キャンベルの言によると「ほかの原作者なら「雨が降っている」と書いて済ませるところでも、ムーアのスクリプトでは「雨音は気が滅入るようなロシアの長編小説のリズムで途切れ途切れのモールス信号を打電する」となる」。精緻極まるムーアのヴィジョンを紙の上で概括し、物語をよどみなく進ませたのはキャンベルの手腕だった(同時期の『ビッグナンバーズ』では、作画家ビル・シンケビッチ(英語版)がスクリプトを消化しきれずに刊行が破綻した)。 読者をコントロールしようとする作劇法を好まないキャンベルは、ムーアのスクリプトから過剰な演出を取り除くのが常だった。たとえばあるキャラクターは初登場時に「読者の心に残る」強烈な相貌を見せるはずだったが、キャンベルは帽子で顔が半分隠れたさりげない絵を描いた。背景となるロンドン市街の側溝を「ワニが這っている」という描写は「説得力を出す自信がなかったので」スクリプトから取り下げてもらったという。ムーアが指示した映画的なカメラワークの代わりに、キャンベル流の固定視点を採用した場面も多かった。ムーアはキャンベルの「[イメージの]固着力と人間的な現実感覚を備えた」作画を称賛し、それがあってこそ、クライマックスでの形而上的な幻想の奔流が可能になったと述べている。『コミックス・ジャーナル(英語版)』誌のレビューは二人の共作を「ほとんど不可分なほど」と評した。
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