余暇・レクリエーション・調査系
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/22 02:35 UTC 版)
「西原清之」の記事における「余暇・レクリエーション・調査系」の解説
丹下研の先輩である浅田孝とこどもの国 (横浜市)のマスタープランを作成したが、その後のプロジェクトでは意見が合わなかったのか、一年足らずで浅田のもとを去りカナダに渡っている。カナダでは緊張感ある労働環境とは対照的に、変化に富んだ余暇を楽しむゆとりのある生活に衝撃を受け、わが国にも訪れるであろう余暇時代を予見し、帰路は6ヶ月を費やして、ヨーロッパ各国の余暇生活を直接体験するルートを選んでいる。 帰国後の1970~80年代は、高度成長期における国民的規模での余暇需要を先取りするかのように、官民あげてのレクリエーション開発ブームになっていたが、当時は余暇の概念すら不明確であったために、自然を対象とした新しいレクリエーション開発の方法論は未踏領域に近かった。各省庁はそれぞれの立場からこの問題に着手したが、縦割り行政の欠点が露呈するという状況であった。 これらに先行して西原は対象地域からの計画作成を受託していたが、未完成のまま廃棄せざるを得なかったプロジェクトも多かったため、蓄積された資料の散逸を恐れて編集し、レクリエーション都市に関する著書として出版した 。 公園緑地系で実現した中で最大のものとしては、国営ひたち海浜公園がある。この公園では従来の造園的公園の枠を超えて、新しいレクリエーション型公園のあり方が提案されているので、施設の陳腐化を防ぐための再整備が常時実施されている。 こどもの国 (横浜市)(1962) 厚生省/100ha 那須ハイランドパーク(1969) 藤和不動産/50ha 大都市臨港地域における適地調査(1976-1981) 国土庁/東京都/住都公団/長銀/1,200ha 国営ひたち海浜公園(1980~1983) 建設省/自然レクリエーション型国営公園/350ha 秋津運動公園 野球場・サッカー場(1984) 習志野市 日立カーニバル・タウン計画(1987) 伊勢甚JV マリン・コミュニティ・ポリス構想計画(1985-1991) JOIA/260ha 岡山南央沿岸域利用構想調査(1986-1992) 運輸省港湾局/沿岸技術開発センター みなとみらい21新港地区適地調査(1989-1992) 横浜市港湾局 寒川シティ・センターゾーン基本計画(1992) 寒川町
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