佐伯 夕利子

芸名 | 佐伯 夕利子 |
芸名フリガナ | さえき ゆりこ |
性別 | 女性 |
生年月日 | 1973/10/6 |
星座 | てんびん座 |
干支 | 丑年 |
出身地 | 福岡県 |
URL | http://www.japansportspromotion.co.jp/management/saeki.html |
ブログURL | https://ameblo.jp/yuriko-saeki/ |
プロフィール | 2003年当時、スペインサッカー界では女性として初めて男子ナショナルリーグ「プエルタ・ボニータ」(スペイン3部リーグ/日本でJFLに相当)の監督に就任、指揮を揮う。その傍ら、現地サッカー専門誌等にコラム寄稿、また地元テレビ局の試合実況解説も務める。2004年から2年間は「アトレティコ・マドリッド」女子チーム監督やスカウティングスタッフ・普及育成副部長等を務め、リーグ優勝に大きく貢献。2007年、当時のスポーツダイレクターからのオファーで「バレンシアCF」と契約、チーム育成の中枢を担う強化執行部のセクレタリーとして活躍。スペイン国王杯優勝にも大きく貢献。その実績を高く評価され、『ニューズウィーク日本版』で『世界が認めた日本人女性100人』にノミネートされる。2008年「ビジャレアルCF」と契約、育成部に所属。トップチーム以下の全てのカテゴリーを育成強化し、将来のスペイン代表を育てる重要なポストを務めた後、2009年8月にはユースAチームのコーチングスタッフアシスタントとして、現場に復帰。2010年からはビジャレアルレディースチームの監督に就任し、スペインナショナルリーグで活躍するチームをけん引した。現在は再びビジャレアルCFの育成部に携わり、後進の指導を行っている。 |
代表作品1年 | 2019 |
代表作品1 | NHK『FIFA 女子ワールドカップ フランス 2019』(解説) |
代表作品2年 | 2019 |
代表作品2 | 講演『第12回ICCEグローバルコーチカンファレンス「異文化の中での挑戦」』 |
代表作品3年 | 2009 |
代表作品3 | NHK BS1『地球アゴラ』(生中継出演) |
職種 | スポーツ |
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佐伯夕利子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/06 10:21 UTC 版)
佐伯 夕利子(さえき ゆりこ、1973年10月6日-)は、日本のサッカー指導者。福岡県出身(イラン・テヘラン生まれ)。日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業。
経歴
1973年、イラン・テヘランに生まれる。小学校時代を福岡県で過ごし[1]、小学2年生の時にサッカーを始める[2]。ちなみに小学校の同窓生に新庄剛志がいる[3][4]。その後、航空会社勤務の父親の転勤に伴い、台湾、スペインと住まいを転々とする。
スペインに移住した1992年、スペイン語習得を兼ねて現地のサッカークラブに入団。翌1993年には、指導者の道に進むため、現地のサッカー指導者スクールに入る。ちなみに、その時同じスクールの1年先輩だったのが幸谷秀巳(元アルテ高崎監督)である。
1995年、スペインサッカー協会公認NIVEL I、NIVEL IIを相次いで取得。レアル・マドリードの下部組織など、ジュニア・ユース世代の指導を担当する。
また、西澤明訓がRCDエスパニョールに移籍した際や、レアル・マドリード、サッカースペイン代表が来日した際の通訳、J SKY SPORTS(現J SPORTS)で放送されていたリーガ・エスパニョーラ中継のコーディネーターを務めたことがある。
2003年、日本人および女性として初めてNIVEL III(JFAのS級ライセンスに相当)を取得。同年、リーガ・エスパニョーラ3部「プエルタ・ボニータ」の監督に就任する。リーガ・エスパニョーラのトップチームの監督に就任した日本人および女性も彼女が初めてである。
2004年、アトレティコ・マドリード女子Bチームの監督に就任。その後、女子トップチームのスカウティング・育成部門、女子Cチーム育成副部長を担当。
2007年、バレンシアCFトップチームのセクレタリーに就任したが、2008年4月に解任される。
2008年9月よりビジャレアルCFの育成部スタッフとなる。2009年8月からはユースAチームコーチングスタッフアシスタントとなる。
スペインでは、指導現場の傍ら、スペイン遠征やサッカー留学等をコーディネートするスポーツ・ビジネス会社“OFFICE25"を経営。 スペイン及び日本においてサッカークリニック、講演会、専門誌へのコラム寄稿、試合の実況解説なども務める。
2018年3月、Jリーグを運営する(公社)日本プロサッカーリーグの特任理事(非常勤)に選任される[5]。2020年3月、(公社)日本プロサッカーリーグの常勤理事となり、スペインを離れ日本に帰国することになった[6][7]。
日本では「JFAこころのプロジェクト 夢先生」の肩書も持つ。
書籍
- 情熱とサッカーボールを抱きしめて(湯川カナ著、フィールドワイ)ISBN 4901722611
脚注
- ^ “Jリーグ理事に就任、佐伯夕利子がビジャレアルで得たものとは?”. テレビドガッチ (2020年11月1日). 2021年12月7日閲覧。
- ^ 島沢優子 (2021年3月9日). “スペイン初「日本女性サッカー監督」怒涛の人生”. 東洋経済オンライン. 2021年12月7日閲覧。
- ^ 佐伯夕利子 [@puerta0] (2021年12月6日). "小学生の頃、スポーツ抜群で憧れていた男子は、これまで「こんなに負けず嫌いな人は見たことがない」というくらい異次元の負けず嫌いだった。" (ツイート). Twitterより2021年12月7日閲覧。
- ^ “Jリーグの女性常勤理事は新庄剛志ビッグボスの同窓生だった「『異次元の負けず嫌い』君」 スペイン3部で監督も務めた佐伯夕利子さん”. 東京中日スポーツ (2021年12月7日). 2021年12月7日閲覧。
- ^ 『理事・監事、特任理事選任の件』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2018年3月27日 。2020年3月12日閲覧。
- ^ 『理事・監事、特任理事選任の件』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2020年3月12日 。2020年3月12日閲覧。
- ^ 『理事選任にあたってのコメント』(プレスリリース)日本プロサッカーリーグ、2020年3月12日 。2020年3月12日閲覧。
関連項目
- ソル・スポーツマネージメント - 所属マネジメント会社
外部リンク
- 佐伯夕利子オフィシャルブログ「PUERTA CERO」 - Ameba Blog
- 佐伯夕利子 (@puerta0) - Twitter
- プロフィール
- 佐伯夕利子
固有名詞の分類
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