万物の創造主・主宰者としての全能の天皇
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「神 (神道)」の記事における「万物の創造主・主宰者としての全能の天皇」の解説
明治の初期に祭政一致の国家体制を企図した神祇事務局の亀井茲監らが「天皇」と「天」とが同体しているという神儒合一的な観念によって全能の存在としたもの。「天皇ハ万物ノ主宰ニシテ、剖判(ほうはん・「宇宙創造時」の意)以来天統間断無ク天地ト与(とも)ニ化育ヲ同シ玉ヒ……」(『勤斎公奉務要書残編』)などとされる。国家神道における天皇の捉え方は文部省が1937年に発刊した『国体の本義』に顕著に現れている。 .mw-parser-output .templatequote{overflow:hidden;margin:1em 0;padding:0 40px}.mw-parser-output .templatequote .templatequotecite{line-height:1.5em;text-align:left;padding-left:1.6em;margin-top:0}天照大神は…その御稜威は宏大無邊であつて、萬物を化育せられる。即ち天照大神は高天ノ原の神々を始め、二尊の生ませられた國土を愛護し、群品を撫育し、生成發展せしめ給ふのである。 —『國體の本義』文部省 編纂 内閣印刷局 p.12-3(国立国会図書館) 天皇は、皇祖皇宗の御心のまにまに我が国を統治し給ふ現御神であらせられる。この現御神(明神)或は現人神と申し奉るのは、所謂絶対神とか、全知全能の神とかいふが如き意味の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔であらせられる天皇に現れまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民・国土の生成発展の本源にましまし、限りなく尊く畏き御方であることを示すのである。 —『國體の本義』文部省 編纂 内閣印刷局 p.23-4(国立国会図書館) 石原莞爾は『最終戦争論・戦争史大観』(原型は1929年7月の中国の長春での「講話要領」)の中で、 人類が心から現人神(あらひとがみ)の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。 と述べている。太平洋戦争に際しては東南アジア諸国への侵略を正当化する目的で、大東亜共栄圏と並びこうした思想を八紘一宇と称して盛んに使用された。この他には、加藤玄智による、天皇は中国の天・上帝やアブラハムの宗教の唯一神の位置を占めると言うものがある。ただし、天皇自身と創造主は、日本神話において直接のつながりはなく、アマテラスは国産み・神産みを行ったイザナギが黄泉帰りに行った水浴びからうまれ、天孫降臨した瓊瓊杵尊(皇統につながる神)は、造化三神のうち高皇産霊尊の孫である。
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