リャザン事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 06:04 UTC 版)
「ロシア高層アパート連続爆破事件」の記事における「リャザン事件」の解説
9月22日の午後10時30分頃、リャザンの集合住宅の地下で、ナンバープレートの最後の2桁の部分に紙が貼ってある不審車に乗った男女3人を住民が目撃し、警察に通報。駆け付けた地元警察が時限爆弾を発見した。不審車のナンバープレートに貼られた紙には、リャザンを示す数字が書かれていたが、その下に透けて見える実際の数字はモスクワのものであった。警察の爆弾処理班はガス探知機で、蒸気からプラスチック爆弾の原料としても使われる非常に強力な軍用爆薬、RDXの反応があることを確認し、爆弾を処理した。地元警察は非常線を張り、道路と鉄道を封鎖した。 通報した住民は「不審者3人はロシア人だった。チェチェン人ではない」と証言した。その後、「リャザンから脱出できない」とモスクワへ長距離電話をかけた男の会話の一部を地元電話局のオペレータが偶然耳にし、警察に通報。警察が通話記録を調べたところ、通話先はFSBだったことが判明した。警察がその後不審者2人を逮捕したものの、モスクワからの命令により釈放された。 事件から2日後の24日、FSBのニコライ・パトルシェフ長官(当時)は「RDXは訓練のために仕掛けたダミー爆弾であり、火薬のように見えた袋詰めの白い粉は砂糖だった。警察の爆薬探知機は故障していた。」と発表した。 RDXの見た目は確かに砂糖と酷似しているものの、爆弾処理にあたった警察官は、事件の数ヶ月後に新聞社のインタビューで、「爆弾は間違いなく本物」、「信管と時限発火装置は軍用」、「探知機は間違いなくRDXの反応を確認」、「2万ドルもする爆薬探知機は世界クラスであり、命にかかわることなので専門の職員が日頃から厳重に点検・テストしており、故障はありえない」と証言した。また、当時のロシアにはRDXを製造する工場が2ヵ所あったが、いずれもFSBの厳重な監視下にあった。2000年1月18日付のロシアの英字紙『モスクワタイムス』は、FSBがロシア人の反チェチェン感情を煽る目的で実行した可能性があると指摘した。 アパート爆破事件の直前に発生し、ロシア軍のチェチェン侵攻のきっかけの一つとなったダゲスタン侵攻に関しては、独立派指導者シャミル・バサエフが関与を認めているが、アパート爆破事件に関しては関与を否定している[要出典]。
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