マーカス模型
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/09 00:14 UTC 版)
電子移動反応は電荷の再配置であり、溶媒環境の影響を大きく受ける。双極子を持つ溶媒分子の場合、電荷の作る電場の向きに分子(配向分極)が再配向し、同様に分子内の原子(原子分極)や電子(電子分極)もわずかながら再配向する。この溶媒分極が活性化ギブズエネルギー(それに伴い反応速度)を決定する。 外圏型酸化還元反応とは、置換反応、脱離反応、異性化反応など構造変化を起こす反応と異なるだけでなく、原子核の移動と電荷のシフト(電荷移動(英語版)、 CT)が連続的、協奏的に起こる点でも異なる。例えば、ハロゲン化アルキルの鹸化に伴う SN2 置換反応は、ハロゲンイオンと水酸化物イオンの置換、遷移状態での活性化錯体(英語版)の構造など化学構造や立体構造が大きく変化する。それに比べると溶媒の効果は副次的でしかない。 一方の外圏型酸化還元反応は、反応物の化学構造の立体的な変化は小さく、溶媒の影響が支配的になる。ドナー分子とアクセプター分子の相互作用は弱く、両者は反応中も独自性を保っている。そのために、電子は単に「飛び移る」だけである(電子移動、ET)。電子移動速度は溶媒分子の運動よりも速いために、溶媒分子とドナーとアクセプター錯体の立体的な配置は電子移動前後で変化しない(フランク・コンドンの原理)。電子移動は量子力学的な振る舞いで起こるために、飛び移りの「最中」は系のエネルギーが不変である。 溶媒分子の配向はドナーとアクセプターの電荷分布に依存する。溶媒配置が電子移動の前後で同じかつエネルギーを普遍を満たすためには、前駆錯体と後続錯体の溶媒和構造は異るので、反応時の溶媒配置はそのどちらでも有り得ず、両者の中間にある何らかの構造でなければならない。自己交換反応の場合は対称性からいって前駆錯体と後続錯体のちょうど中間が条件を満たす。これはつまり、ドナーとアクセプターに半分ずつ電子が分布する構造が飛び移りのために正しい環境であるということを意味する。加えて、この状態においては溶媒環境による前駆錯体と後続錯体のエネルギーも等しくなる。しかし、電子は素粒子であり分割できないので、電子はドナーまたはアクセプターのどちらかに存在し、溶媒分子は平衡が成り立つように配向する。一方、「遷移状態」は電子が半分移動した結果生じる溶媒配置を要求するが、そのような移動は不可能である。このことは、実際の電荷分布と要求される溶媒分極は「平衡状態」ではありえないことを意味する。それでも、電子がドナーかアクセプターのどちらかにいたとしても溶媒が「遷移状態」に対応する配置をとることは有り得る。ただし、これにはエネルギーが必要である。この、正しい分極状態を実現するのに必要なエネルギーは溶媒の持つ熱エネルギーと熱揺動から供給される。この状態が実現すれば、電子が飛び移ることができる。正しい溶媒配向の作成と電子の飛び移りとは分離しており、非同期に起こる。したがって遷移状態のエネルギーはほとんどが溶媒の分極エネルギーとなる。
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