エンタルピー緩和
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 01:18 UTC 版)
ガラス転移点未満かつ近傍の温度でポリマーが熱処理されると、ガラス状態での熱量は低下する。この緩和現象は体積の急激な減少(体積緩和)、あるいはエンタルピーの急激な減少(エンタルピー緩和、enthalpy relaxation)として観察される。このとき、ポリマーの力学的特性は影響を受け、この影響は物理エージング(physical aging)という。 エンタルピー緩和は、DSCによる熱流束の測定では減少ピークとして観測される。例えば、ポリメタクリル酸メチルを高温から 10 °C/min の速度で冷却してガラス状態にし、ガラス転移点以下の 100 °C で6時間熱処理してから室温に戻すと、115 °C を中心に熱流束の極小ピークが観察される。高温から 10 °C/min の速度で室温にしただけの試料では 110 °C あたりで緩やかな段差状の減少傾向を示し、極小ピークは観測されない。 エンタルピー緩和はガラス状態のポリマーが過剰なエンタルピー量を有するために起こる。エネルギー的に最安定であるのはガラス状態ではなく結晶化状態であり、熱処理はガラス状態をより安定なガラス状態へと変換する。また、熱処理をせずとも緩和は非常にゆっくりと常に進行している。より緩和の進行度が高いほど同温度でエンタルピーは低くなり、完全な結晶でのエンタルピー値に近づく。昇温速度や熱履歴などの要素のために、過剰エンタルピー量は同一温度の同一試料であっても異なる。エンタルピー緩和のこの性質は非対称性と呼ばれる。 エンタルピー緩和の実体は高分子主鎖の内部回転運動の励起である。加熱により高分子の内部回転運動が促進され、高分子中の短い局所が安定なコンフォメーションとなる。これにより、高分子の力学特性やポリマー中の低分子物質の拡散定数は変化する。例えば非晶性のポリエーテルイミドではエンタルピー緩和と粘弾性緩和の緩和時間の間に正の相関がある。 エンジニアリングプラスチック(エンプラ)は汎用樹脂よりもエンタルピー緩和が起こりやすい。エンプラにおいて内部回転運動が起こりやすいことが、ガラス状態におけるエンプラの機械的特性を高いものにする要因であると考えられている。ポリマーは内部回転により、衝撃のような急速な応力を含めて外部応力に素早く応答できるため、耐衝撃性などのガラス状態での機械的特性が高いと考えられている。非晶性汎用樹脂のポリスチレンやポリメタクリル酸メチルは衝撃性に乏しいのに対して、非晶性エンプラのポリスルホンやポリエーテルイミドではガラス転移点が高いにもかかわらずガラス状態で機械的特性が優れている。 エンプラのガラス状態と過冷却液体状態における熱容量はガラス転移点とエンタルピー緩和時間に相関する。 ポリマーの緩和エンタルピー量と、ガラス状態での各温度における過剰エンタルピー量はDSCでの熱容量Cpの測定により求めることができる。この試験では、一定の昇温速度でガラス転移領域におけるCpの変化曲線を引く。曲線の傾きとガラス状態でのベースラインとの交点をTgi、過冷却状態でのベースラインとの交点をTgf、ガラス転移点 T g {\displaystyle T_{g}} におけるCpジャンプ( Δ C p {\displaystyle {\mathit {\Delta }}C_{p}} )が1/2となる温度をTgmとする。次に、熱履歴を消去するために T g f + 20 {\displaystyle T_{gf+20}} の温度で5分間保持してから、任意の熱処理温度Taに急冷し所定時間熱処理する。熱処理後に室温に戻し、同条件で昇温と熱処理後熱容量 C P ( a n n e a l ) {\displaystyle C_{P(anneal)}} 測定を行う。緩和エンタルピー量 Δ H r {\displaystyle {\mathit {\Delta }}{\mathit {H}}_{r}} は次式で表される。 Δ H r = ∫ T g i − 20 T g f + 20 C p ( a n n e a l ) d T − ∫ T g i − 20 T g f + 20 C p ( u n a n n e a l ) d T {\displaystyle {\mathit {\Delta }}{\mathit {H}}_{r}=\int _{T_{gi-20}}^{T_{gf+20}}C_{p(anneal)}\mathrm {d} T-\int _{T_{gi-20}}^{T_{gf+20}}C_{p(unanneal)}\mathrm {d} T} ここで、 C p ( u n a n n e a l ) {\displaystyle C_{p(unanneal)}} は熱処理前の試料の熱容量である。各熱処理温度での過剰エンタルピー量 Δ H t {\displaystyle {\mathit {\Delta }}{\mathit {H}}_{t}} は次式で表される。 Δ H t = Δ C p ( T g − T a ) − Δ H r {\displaystyle {\mathit {\Delta }}{\mathit {H}}_{t}={\mathit {\Delta }}C_{p}(T_{g}-T_{a})-{\mathit {\Delta }}{\mathit {H}}_{r}} = Δ C p ( T g − T a ) exp [ − ( t / τ ) β ] {\displaystyle ={\mathit {\Delta }}C_{p}(T_{g}-T_{a})\exp[-(t/\tau )^{\beta }]} ここで、τはエンタルピー緩和時間、βは非指数関数的パラメーター( β < 1 {\displaystyle \beta <1} )である。下式はKohlrausch-Williams-Watts(KWW)の緩和関数によって導かれる。
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