イオン化傾向の問題点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/25 16:35 UTC 版)
「イオン化傾向」の記事における「イオン化傾向の問題点」の解説
標準酸化還元電位、ギブス自由エネルギーに基づくイオン化傾向は、イオンの状態をイオン間の相互作用の働かない無限希釈を基準としているため、通常の実験的濃度において必ずしもこの順序が保持されるとは限らず、特に電位の接近しているスズと鉛などの順序はあまり意味を成さないとの意見もある。それゆえ従来16種類の元素のイオン化傾向を記述してきた日本における高等学校の化学の教科書も2008年現在、細かい順序についての言及を避け (Li, K, Ca, Na) > Mg > (Al, Zn, Fe) > (Ni, Sn, Pb) > (H2, Cu) > (Hg, Ag) > (Pt, Au) とするものがある。また、Zn > Cu > Ag といった3種類の金属の記述のみである教科書も存在する。 水溶液中において酸などとの反応性の観点ではイリジウム (Ir) およびタンタル (Ta) が最小とされるが、酸化還元電位の点では必ずしもそうはいえない。これは表面に緻密な酸化皮膜を生成するといった不動態形成、あるいは速度論的な関与が無視されていることによる。 さらに古くから問題にされてきたカルシウムとナトリウムの順序であるが、議論の的となったのはナトリウムがカルシウムよりも水とより激しく反応するにも拘わらずイオン化傾向は Ca > Na である点である。金属から水溶液中の水和イオンへの変化を考察するためには、原子化→イオン化→イオンの水和という過程を考慮しなければならない。カルシウムおよびナトリウムでは以下のようになる。 金属昇華熱 ΔHsubイオン化エネルギー ΔHion水和熱 ΔHhyd反応式 M ( s ) ⟶ M ( g ) {\displaystyle {\ce {M(s) -> M(g)}}} M ( g ) ⟶ M n + ( g ) + n e − {\displaystyle {\ce {M(g)->{M^{{\mathit {n}}+}(g)}+{\mathit {n\ e}}^{-}}}} M n + ( g ) ⟶ M n + ( aq ) {\displaystyle {\ce {M^{{\mathit {n}}+}(g)->M^{{\mathit {n}}+}(aq)}}} カルシウム 178.2 kJ mol-1 1747.7 kJ mol-1 -1577 kJ mol-1 ナトリウム 107.32 kJ mol-1 502.04 kJ mol-1 -420.8 kJ mol-1 以上はエンタルピー変化であり、また水和熱の実測値は陽イオンと陰イオンとの合計であり、これらの分割は水和熱が z2/r(電荷の2乗/イオン半径)に比例するとの仮定に基くものであるため精密性に欠く部分があり、数値全体が正確であるとはいえないが、定性的には以下のことがいえる。ナトリウムの方がカルシウムよりも遊離状態のイオンを生成しやすいが、電荷が大きいカルシウムイオンは水和熱の絶対値(エンタルピー変化が負に大きいほど強く水和)が大きくイオン化エネルギーを打ち消し結果的に水和イオンの生成ギブス自由エネルギーを押し下げ、ナトリウムと逆転している。 同様にアルカリ金属間の比較ではセシウム (Cs) が反応性の上では最大であるが、イオン半径は Cs+ > Rb+ > K+ > Na+ > Li+ であり、それゆえリチウムは反応性が最小であるにも拘わらず、イオン半径が最も小さいため水和熱の絶対値が大きく結果的に電位が最も低くなっている。以上のようにイオン化傾向は必ずしも反応性の順序を反映しているとはいえない部分があり、定性的な議論に用いるに留めるのが望ましい。
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